12
尿意がわたしを目覚めさせた。あやうくシーツを汚すところだった。
四穂の部屋の中はひどく冷え返っていた。エアコンもヒーターもおいていないのだった。カーテンのすき間から外をのぞこうとしたが、窓が真っ白にくもっていて何も見えない。指でくもりをぬぐい、外を覗いた。灰色の空を背景にして大粒の雪がふわふわと落ちてゆくのがみえた。それ以外はほとんど白だ。歩道と車道の境界が消えていた。センター試験はいまどのくらいまで進んでいるのだろうかとわたしは考える。おそらく受験生たちは問題に夢中になっていて、窓の外の厳しい状況には気づかないだろう。しかし本当に真剣に考えるべきなのは、どちらかといえば帰りの手段なのでないか。
ベッドを抜けると全身に鳥肌が立った。急いで部屋を出、一階へ降り、トイレに駆け込んだ。わたしは四穂の父親のことを考えながら用を足した。盲人は雪の日に何をして過ごすのだろうか。まさか外出はしないだろう。便座は温かく、すこし湿っていて、わたしを安心させた。
用を終え、水を流して、廊下に出た。そのとき、しまった、と思った。
案の定、四穂の父親が居間のドアを開けて廊下に顔を出した。居間のドアはトイレの向かい側にあったので、父親はわたしの正面にあらわれたことになる。しかし彼はわたしを見つけるのに長い時間をかけた。
彼は鯉みたいに口を開け放して首を180度に一往復振った。わたしはもしかすると見つからずに済むかもしれないと期待して、息を止めた。実際、彼は何度か首をかしげていた。しかしやがて、しわの刻まれた彼の顔はわたしを向いてぴたりと止まった。機械的な動作だった。彼はいった。「四穂ちゃんじゃないよね」
わたしは何をいえばいいかわからなかった。
「四穂ちゃんの友だちかな?」、父親の顔はわたしの顔に向いていた。
「はい、そうです」とわたしはいった。「昨日、泊めてもらいました。雪がひどかったので」
彼は濃い色眼鏡をかけていたが、近くからでは眼鏡の奥がみすかせた。まぶたは閉じられていた。わたしはすこしそれにみにくさを感じた。肌は油を塗った木材のような色をして、少ないしわが深く刻まれている。肌の色とは対照的に髪の毛は真っ白で、頭部全面を覆っていた。
わたしは言い訳がましくならないように言い訳をした。手短に説明を終えると彼は得心いったように数度うなずいた。それなら帰れるようになるまでうちにいてもいいし、何ならこたつに入って温まりなさい、といってわたしを居間に招き入れた。
「四穂ちゃんの部屋にずっといたんでしょう。あそこは暖房がないのに、さむくなかったんですか」と素っ裸のわたしに向かって彼はいった。
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