第3話

「準備は済まされましたか? あと十分ほどで出発ですよ? 大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」


「あ、はい。」


 寺井が決闘代理人になったという事実に智人の心奪われていた。係りの女はひざまづき智人の膝の上の手に手を重ねた。女は智人はたずねた。


「こわいですよね?」


「ええ」


「私からは何も言えませんがご武運を」


「は、はい」


 智人の意識は女に触れられている手に寄せられた。立ち上がるそぶりを見せた女に慌てて訪ねる。引き延ばしたい、この時間。と体言止めで思うほど女の手の温もりに包まれていたかった。


「あ、あの、実際俺が守る森本さんはどの人なんですか?」


「森本氏とは現場で集合です。到着してから開始時間3分前までバス内で待機となりますので、あいさつは校舎に入ってからお願いします。では。改めてご武運を」


「あ、はい。」


 智人はひざまづき頭を下げる女の胸元をガン見。そしてすっと立ち上がり去りゆくタイトミニの女の揺れる尻をチラ見。そうしつつも他の者たちの様子を感じていた。


『もしかしてこれが蜻蛉の眼、ってやつか? 少し試しすか』


 智人は楽にソファに座り直し、正面に顔を向けながら周囲を観察してみた。それぞれ思い思いの格好をしている。剣道で用いられる濃紺の袴姿に髪をポニーテールにまとめた篠塚のりりしい横顔。濃緑のポンチョでその小柄な体をすっぽりと多い膝から先だけを露わにしている高城の緊張で青ざめている横顔。己の視野の広さに満足すると智人は篠塚に尋ねた。


「ところで俺、ほんとにこの格好ですか? ちょっと重いんですけど?」


「大丈夫。筋肉ついたでしょ? それに、何気に全部意味あるんだよ? あたし必死で考えたんだかんね」


 智人は戦国時代に足軽と呼ばれた兵士の格好をしていた。頭に革製の陣笠 ,腕には籠手、足に脛当て、体には鎧、足にはブーツ。武器は技術が未熟な智人は真剣を使いこなせないという理由で木剣。予備の武器として鉈を腰に挿している。


  そして、連絡用に耳にはヘッドセット、着物の内側に付けられた内ポケットに入れられるだけの荷物を入れた。腰に携帯食料と小型の水筒、ヘッドセットの予備の電池などを個別に入れた袋が取り付けられている。


「あ、いやわかっちゃいるんですけど」


 智人にとって足軽は歴史の教科書や資料で見かけた下っ端という印象だった。どうせ戦国時代の格好をするなら武将のような豪華なものがよかった。


 こうやって、別のことで考えが紛らわせてもやはり寺井のことが頭に浮かんできた。篠塚に相談しようとして智人が口を開いた瞬間、踏みならされる足音が聞こえてきた。振り向いてみるとエレベーターから小沼が率いる男たちが降りてきていた。


 それぞれ紺色の戦闘服に胴に防塵ベスト、手足にプロテクターを身につけている。その後を梅内は迷彩服に身を包みついてきている。男たちは智人たちに向かって侮辱の言葉を口々に吐き出している。


「ハッハッハ、ココハブタゴヤデモ、サルゴヤデモナイゾ」


「ヘイ、ナデシコ、ファックユー ディープスロート マイ ディック」


「ハイ、ヘンタイロリガール、アヘガオプリーズ! 」


「バカ、チンピラ、コノクソドモ、シネ、サノバビッチ」


「サノバビッチだと? この野郎!」 


 智人は激怒した。オナ禁と訓練の成果か十分に攻撃的になっている。体格差など関係なく食ってかかる。そこへ梅内が立ちふさがった。。ビデオカメラで撮影をしている。駆け寄ってきた篠塚が梅内に言った。


「ちょっと勝手に撮らないでよ」


「ふん、俺が何をしようが勝手だろ? それにどうせお前たちは死ぬんだから」


「あ、俺、こいつ撮ります」


 智人は懐からスマートホンを撮りだし梅内を撮影した。


「やめろ! 偏差値四十程度のお前等じゃ知らないだろうが俺には肖像権ってものがあるんだよ」


 梅内は智人のスマートホンを取り上げようとした。お互いに片手で相手の胸ぐらをつかみながらレンズを向け合い罵り合う。


「俺らにだってあるに決まってるだろ! それにこれから大事な話をするんだから邪魔するなよ」


「ふん、お前ら愚民は私たちが踊らせてやらなきゃ何もできないくせに。一人前に自分の意見なんて言ってないで、喰ったピザが無かったことになるとでも信じてダイエットコーラ飲んでろ! この童貞が! おい、ちょっと小沼、こいつ何とかしろよ」


「もういいって、智人君」


 篠塚の声で智人は梅内から手を離した。しばらくにらみ合っていたが席に戻り口を開いた。


「すいません、ちょっと困ったことがあって、いらついちゃって」


「もしかして知ってる人なんですか? 補欠の人の写真見てから顔が怖いですよ?」


 高城が心を寄せるように訪ねてくる。


「ええ、ちょっと」


 そう言うと智人は考えた。殺し合いどころか取っ組み合うような喧嘩でさえしたことがないであろう寺井を戦力として期待するわけがない。篠塚から決闘を外国の会社にいいようにされないために検事側には腕利きの代理人が格安で集まったと聞いている。


 そのようなプロが、急遽参加させられた小娘にかき回されるくらいなら人数が減る不利を考慮しても寺井には余計なことをさせないとと判断するであろう。


『たぶん、検事の人とここから一番遠い教室で一緒に守られてるはず。小沼たちがすぐにやられてくれればいいんだけどこいつらが勝ったら絶対寺井になにかするはずだし、向こうの代理人にも決闘中に女の人とヤっちゃうような奴がいるし。でもなあ、何もしないでいたら意外とあっさり終わるかもしれないしなぁ』


 堂々巡りの智人に篠塚は催促した。


「なに? 考えまとまってなくてもいいからとりあえずなんか言って」


「はい。寺井って言って俺の知り合いです。たぶん彼女も金に困って・・・・・・」


 篠塚は智人の話を遮って身を乗り出して訪ねた。


「ねえ? もしかしてその寺井さんて子のこと助けようとか思ってる?」


「はい、できれば」


 間髪を入れずに篠塚は言った。


「今すぐこの場で選んで、その子かあたしたち」


「え?」


 思わず高城を見た。高城も身を乗り出して真剣な眼差しで智人を見ていた。


「当たり前でしょ? 敵なんだよ? その子。その子を無事を祈るくらいなら許してあげる。でも、彼女を守ろうとするんなら一緒に行動できない」


 うつむいてしまった。篠塚の言うことはもっともだった。お互いに命を預け合っている。そして、智人がいる前提で三人の役割分担を決め、訓練をしてきたのだ。敵と知り合いだけならまだしも、敵を助けたいという智人と信頼関係が築けるわけがない。篠塚の瞳を見つめ返しながら高校の入学式で久方ぶりに寺井を見かけた時のことを思いだす。


 校門をくぐり校舎までグラウンドを歩く。風が強く、グラウンドの端に植えられた桜が砂ぼこりの中、舞い散っていた。緊張した面持ちで不安げに一人で歩く寺井。大抵の生徒が母親が同伴しているなかで一人で歩く寺井はその美しく清潔で品を漂わせる容姿もあいまって目を引いた。


「運命の女(ファムファタール)」


 見惚れていた。目の前を通り過ぎても背中を見ていた。声をかけることはできない。母親に学生服の裾を掴まれていた。隣には、まだ自分よりも背の高かった千尋とその母親が並んで歩いている。


 ただ見ていた。拓也が寺井に声をかけるのを。頬を染め、拓也に微笑む寺井の横顔を。ただ見ていた。思い出して腹の底から湧き上がるエネルギーを持て余す。


 篠塚は寺井の無事を祈る程度なら一緒にいててもいい、とまで言った。少しでも不安な要素をは無くしたいはずなのに。智人も誠意を見せるべきだと、否せめて誠意を見せたいと願った時点で答えは決まった。


「すいません、俺、一緒にはいられません」


 出てきた言葉に自分でも納得した。寺井を想って十年ほどが過ぎた。すっかり心を囚われている自分に呆れもするがいたしかたない。


「わかった。ヘッドセット返して。あとこれから決闘が終わるまで君の言うこと全部信じない。高城さんもいい?」


 高城はしばらく篠塚と智人の眼を交互に見ていたがやがてうなずいた。それを見て智人も言った。


「わかりました。ご武運を」


 せめてもの誠意として篠塚と高城の眼を見て言った。そして、自分のリュックを担ぐと二人から離れていった。


 ☆☆☆


「みなさん。あちらが森本氏です」


 係りの女が決闘代理人たちの点呼を取り終えたころ、智人たちの前で黒塗りの高級車が止まった。運転手がドアを明けると森本は現れた。高級スーツに身を包んだ細身で長身の青年だった。


 決闘場の舞台となる廃校に到着してあとは開始時刻を待つばかりとなっていた。廃校とは言っても現代的な鉄筋コンクリートの立派な校舎の昇降口の前である。


 寄り添う高城と篠塚、口をたたき合う小沼たち屈強な男たち。そしてカメラを回す梅内。一人離れたところでたたずむ智人。梅内は決闘が開始されたら撮影が禁じられる旨を告げられたが、意に介さずそれまでなら取材の自由があるだろう? と撮影を続けていたそのカメラをポケットにしまい、森本に手もみしながら駆け寄っていく。


「ちっす。森本さん。今回はあざーず」


「おう、で、あの女たちかお前の仕込みか? 顔見させろよ。女はビジュアルファーストだっていつも言ってるだろ?」


 梅内はうなずくと篠塚に近寄り声をかけた。


「ほら聞こえてただろ。顔を見せなさいよ。一般人の君たちは知らないだろうけど森本さんのお父様は国政に多大な影響力があるんだよ?」


 篠塚と高城、男たちも顔からすっぽりとフェイスマスクで顔を覆っている。そのまま無視を続けていた。


「おい、なんだよ? ウメ。お前仕込み出来ないのかよ? だからお前はいつまでも竹や松になれねえんだよ」


 梅内は森本の手を引き他の者たちから少し離れた。口元を隠し小声でなにやら耳打ちをしている。智人は何気ない風を装って近づいてみたが全く会話は聞こえてこなかった。


『仕込みって何だ? 話の流れから二人になにかエロいことさせるみたいなことだけど 』


 そう思って見てみると心なしか篠塚と高城の瞳は潤み呼吸も荒いように見える。特に篠塚の方はその反応が顕著だった。


『なにか薬を盛られた?』


 声をかけようと近づくと篠塚と目があった。即座に逸らされる。気まずく思わず空を見る。敵方のヘリコプターはすでに到着しているようで空には灰色の梅雨空が広がっているだけだった。ついでに後者の外壁を確認する。窓にはきっちりとガラスがはめ込まれていた。


『俺が二人を気にしたって何も出来ないんだ。寺井のところへ行く。そして、寺井を連れて体育館に行く。直接寺井と篠塚さんを会わせる。それでも仲間に入れてもらえなければ逃げ回る。それしかない。でも廃校っていうからもっと荒れてるかにフツーの学校だな。階段で敵と鉢合わせもイヤだけどこっちの壁は登れないから、ベランダからよじ登るか。できるかな?』


 智人が寺井の元へたどり着く段取りを考えながら校舎を観察をしていると係りの女が手をたたいて注目を集めた。ぞろぞろと決闘代理人たちは女の周りに集まり輪を作る。智人もその輪に加わる。女は決闘代理人たちに情報端末を配りながら言った。


「座学でもお伝えしたことですが最終確認です。三分ほどですがこちらのビデオ映像をご覧ください。外国語圏のかた立ちはそれぞれの母国語で字幕表示をお願いします。最後に署名をする画面に切り替わりますので指で結構ですのでサインをしてから端末を私までご返却ください」


 それぞれ思い思いの全員が端末の視聴を始めた。内容は以下のような物だった。


 ・決闘は双方いずれかの全滅、あるいは代表者の死亡もしくは代表者が降参をした時点で決着とする。


 ・決着しなかった場合も二十四時間後には終了となる。その場合、二十四時間後の怪我の程度に関わらず生存者の多い方の勝利とする。


 ・生存者が同数だった場合は双方一名の代表者による決闘で必ず決着をつける。場所と代表者はその時に各場所に設置されたカメラで監視している立会人たちの投票で決定される。


 ・逃亡した場合は指名手配され、逮捕後、裁判を経てその罰が定められる。


 ・護るべき逃亡者を裏切り自ら傷つけた場合は、裁判を経ずに即銃殺される。


 全員が端末を返却すると女は満足げに頷き説明を続けた。


「正午十二時、あと、三分ほどでこちらのすべての扉の鍵が自動で開きます。その時点で決闘開始となります。また、屋上は決闘場として認められているため、公平を期すためこの昇降口周辺の白線内も決闘場として認められています。よろしいですか?」


 智人たちの顔を見渡すと女は続けた。


「死亡、あるいはそれに類する状態と判断された場合はご登録の情報端末に死者名と場所の情報が届きます設置された赤色灯が光ります。特にしていただくことはありませんが遺体の回収の妨害も罪に問われます。以上ですが質問あるかたいらっしゃいますか?」


「森本さんに何かあったらお前ら終わりだぞ? 忘れんなよ?」


 梅内が大声を出した。女は一礼して去っていく。代理人たちはぞろぞろとそれぞれのグループごとにドアの前に集まり並んだ。中央の扉に篠塚と高城。隣乃扉に森本と梅内。その背後に小沼たち。智人は残りの扉の前に一人で立つ。気が気ではない。早く寺井と接触し一緒に生き残らねば。そう思い詰めていた。校舎の見取り図を確認する。


『でも実際どうしよう? いろいろ考えては見たけど』


「プレイボール」


 考え事をしていて気配に気がつかなかった。やたらと発音いいな。そんなことを考えていたら男たちに担がれ放り投げられた。コンクリーとに投げ出されもんどりうっている。呼吸ができない。視界が滲む。瞼をこする。ふと気配を感じた。何かか地下図いてきている。目を凝らす。


「え? 忍者?」


 灰色の装束で身を包んだ男たちがいた。その手には刀をぶら下げている。忍者の装束、しかも、外壁にあわせた灰色のものが。


『やばっ! 首斬られるっ!』


 立ち上がろうとするが思うように体が動かない。思わず体を丸める。


「うっ」


 男はうめき声とともに動きを止めて振り返った。その視線の先を追う。昇降口の扉の向こう側に小沼と四人の傭兵たちが立っていた。傍らには円筒形のリュックがありそこから石つぶてを取り出してはあめあられと投げつけてくる。声や口笛が聞こえてきた。


「ヘイ モンキー! ジス イズ ベースボール」


「シネ、クソ、カス、チンピラ、コノブタヤロウ!」


「ファッキンジャップ!」


「ヘイ! ニンジャマン、ヤキュウヤロウゼ!」


 忍者姿の者たちは刀を構え傭兵たちに向け駆けだした。服からも血がにじみ始めている。容赦なく石つぶての打撃が加えられている。そのうち投石は一人に集中しだした。倒れる。別の者に石つぶては集中が始まる。止まらない。


『嘘だろ? たかが石なのに?』


 男の周辺に転がっている石の大きさに気がつく。どれもが智人の拳よりも大きいことに気がつく。


『やばい、巻き添え食らったら死ぬ。つーか、あんなもんがつまったリュック担いでたのかよ? あいつらのガタイなんて、もうチートだろ!』


 恐怖から力がわく。四つん這いになりながらも昇降口に向かう。そのとき視界の端に壁を上る何かを見た。屋上からロープが伝わっておりそれを伝うように細長い蛇のようなものが登っている。


『なんだろう? 違う。やばい、見てる場合じゃない』


 力を振り絞り立ち上がり扉の中に駆け込む。振り返て見る。男たちが昇降口から飛び出していく。一人の忍者を二名が取り囲む。腰、背中、さすまたで押さえつけ動きを封じた。


 残りの二名はスクラムを組むように透明な長方形の盾をかまえ、もう一人の忍者装束の男のまえで立ちふさがった。じわりじわりと盾の二人組は近づいている。忍者装束の男はまっすぐな剣を片手に載せ腰を落とし左右にじわじわと移動しながら突きを撃つ隙を窺っている。


 「退避っ!」


 さすまたで動きを封じられた者が叫んだ。すると片割れはすぐさま後ろへ駆けだした。壁にそって垂らされたロープにとりついた。器用に身軽にロープを伝って壁を駆け上がっていく。森本と梅内と小沼が昇降口から出てきて額に手でひさしを作って壁を見上げる。忍者装束の男はそろそろ三階に到達する頃合いだった。


「はい、ポチッとな」


 梅内が言った。直後、ロープは切れ、男は悲鳴とともに落下した。そして、地震かと思うほどの衝撃とともに植え込みよりも高く跳ねた。再度、地面に叩きつけられる体。足の関節があらぬ方に曲がっており男は虫の息だった。だが脳を駆けめぐる分泌物が痛みを一時的に忘れさせていた。生存への一縷の望みをかけ逃亡扱いとなる白線の外を目指して、腕を伸ばしていた。じわじわとだが這いはじめる。


「よし、じゃあ俺はそっちのほう片づけるから。あっちはあんたら好きにしろ」


「わかった」


森本が小沼に応えると森本と梅内は挨拶もそこそこに這いずる男の元へ駆けよった。


「クラブはどうします」


「そんなもんドライバー一択だろ?」


「了解っす」


 梅内は担いでいたゴルフバックを降ろすと中からドライバーを取り出す。そしてキャディーよろしく森本に手渡した。森本がドライバーを軽く素振りしてみせると鋭く風を切る音が起きた。納得がいかないのか数回繰り返した。


 梅内は調理に使うミートハンマーを男の手の甲に振り下ろしていた。加減をし、一度に粉砕してしまわないように気を使った。男の苦悶の声が打たれる度にあがった。頃合いを見て梅内は男の体を足でひっくり返す。ゴルフバックから金属バットを取り出す。意識を朦朧とさせている男の鳩尾に突き立てた。


「ぶぐぅっ!」


 腹の中のものを全部吐き出すような勢いで男はむせた。意識が戻る。


「や、やめて」


 梅内は笑顔で首を横に振る。そして言った。


「ゴルフのティーにぴったりだな。お前の祖チン」


 男は理解した。感覚はもうない。だが股間にゴルフボールが載せられているはずだ


「ひっ、や、やめろ」


「あ、じゃあナイスショットお願いしゃーす」


 森本は黙って会心のフルスィング。ゴルフボールはグランドの方に消えていった。そして男は意識を失った。


「ちっ、パトランプ回ってんな」


「ええ、もうそいつイジんないほうが良さげですね」


「ち」


 舌打ち一つ残して森本は昇降口から校舎の中に戻っていく。そのころ小沼は危なげなくさすまたで動きを封じられた男の命を奪っていた。バトルアックスで頭をかち割った。それから男たちはたばこを吸いながら談笑を始めた。篠塚と高城の姿は見えない。そして、石で打たれた男も完全に動かなくなっていた。全身が血で赤く染まり頭部からは血が流れ続けている。


これだけの凶行がほんの数分の間に行われていた。智人は恐ろしくなり力が抜けた。だがどこに行くべきかわからない。必死に考え思いついた。


『あ、そうか。あいつらも戦闘のプロなんだから真似ればいいのか。つーか、俺のこと囮に使いやがったんだな』


 物陰に隠れて様子をうかがうことにした。積極的に智人を殺すつもりはないが巻き添えにしても構わない、と小沼たちに視られていることに気がついた。このままおめおめ説引き下がるのも口惜しく、安易に寺井の元へ駆けつけることがどれほど危険なこともかも身を持って感じた。


 耳を澄ましていると話し声が聞こえてくる。森本の声だった。


「おい、まだかよ? 死体漁り」


「ええ、意外と時間かかるんすね」


「じゃあ、この間にさ、あの石で打たれた間抜けの首を落としちゃおうぜ」


「あ、いいすね。あ、でも小沼たちがドローンセットしてからにしません?」


「ドローンでなに見るんだよ。さっきからうるせえし」


「まあ、上から糞とか油とか落としてくるかもなんで。スーツは名刺ですからね。汚したくないっすよ」


「なんだか、マジで戦国時代のノリだな」


「ですね」

 

 けたたましい風を斬る音が聞こえてきた。その音はやがて小さくなっていく。しばらくして傭兵の声が聞こえた。


「クリア! 自動操縦(オートパイロット)オーケー」


 その声を聞くと男たちはゴーグルをかけだした。ドローンは二機あった。一機は廊下側から三階を、もう一機はベランダ側から検事側の動きを監視するために使われる。その映像はゴーグル内に映し出される。リアルタイムで敵方の動きをさながらテレビゲームのように把握できる。


 傭兵たちは口々にドローンからの画像が届いていることを報告していく。興味深げに見ていた森本が誰にでもなく尋ねた。


「おい、あの忍者を助けに来る奴いないのか?」


 森本の疑問に小沼が答える。


「どうやらそのようだな。カーテンが閉まっているのは三階中央の教室だけなんだが他に人気(ひとけ)はない。」


「城に籠もったか? 奴ら」


 森本の問いに小沼が答えた。


「ああ、奇襲するなら階段側からも来て挟み撃ちするはずだ。ま、奴らも一枚岩じゃないってことさ。特に市村は癖が強いらしいからな」


「そんなもんかね」


「そんなもんさ。あんたのお父様たちのご尽力で法改正。そして奴らの組織はみんなバラバラだ。いいのかい? 国を売るようなマネをして。おかげで我が社はビジネスチャンスを得たがね」


「グローバルな時代だからな。それに元々、国なんて権力者の財産分与でいくらでも作られてきただろうが」


「ま、歴史を見れば、な。ところで急に加わったあの女は何者なんだ?」


「ああ、それはな。実力があれば貧乏人でも成り上がれると信じた奴がいてな、ちょっと、ここらで絞めとこうってだけだ」


「そのために、向こうの代理人暗殺か? 怖いね。権力者は」


「うまくやれば俺がお前を飼ってやってもいい」


「考えておく」


「ふん。俺がただのお坊ちゃんじゃないことを見せてやるさ」


 森本は真剣を抜くとゆっくりと歩いていった。その周りを傭兵が囲んで警戒している。そして傭兵たちは倒れてうめいている男の手足を縛り正座をさせた。見せつけるかのように校舎の方に男の顔を向けさせている。

 

 曇天の下、森本の振り上げた日本刀が静かに輝く。刹那の沈黙。男の首は落ちた。どこからから赤色灯が点き彼らを照らすと。歓声、そして拍手と指笛が沸き起こった。


「お見事! ナイススィング!」


「いやあ、だめだな。やっぱ首の皮一枚残すってほんと難しいな」


「いや、首落とせるってだけですごいですよ。ぜひ秘訣を教えてくださいよ」


「しょうがねえなぁ。あと残り七人だっけ?」


「はい」


「全部俺が首刈ってやるからそれ見てろよ。」


「あざーす」


「あ、あとあの補欠の女は一から俺が遊ぶからな。あの検事のババアの前でつっこみながら首締めて殺すから間違っても傭兵たちに殺す順番間違えさせんなよ?」


「ああ、ついでに検事もヤっちゃいません? ババァ言うても三十三ですよ? 全然ありっすよ。」


「まじかよ。お前よく勃つな。女は二十五過ぎたらババァだろ? ま、いいよ、で、どうなんだよ? 拓也の女は殺させないんだろうな」


「ええ、朝のブリーフィングでアジェンダに加えてアグリーとってますから。あ、あと、あの女。拓也の人生バックアップしてやるつったら二つ返事で墜ちましたよ。動画撮って拓也に見せつけてやりましょう。拓也のメンタルもスクラップしちゃってくださいよ」


「ああ。あのガキ、優秀すぎるからな。大人しく尻尾ふって頭なでられてりゃいいのに直であちらさんと取引始めようってんだからなあ。最近のガキは生意気だぜ。あ。あの女、てことは拓也のお下がりか」


「大丈夫です」


「おいおい、もしかして、あの女、初物なのか? なんであんな上玉、拓也は抱いてねえんだ?」


「ああ、なんか幼なじみが惚れてるから手を出せなかったとかなんとか。って」


「え? マジか?」


「まあ、あいつから聞いたとき、パーティで乳のデカイ金髪(ぱつきん)女にしゃぶらせながらだったんでどこまで本気かわかんないっすけど」


「そうか。決闘終わったら、その幼なじみってのも抑えとけ」


「うぃっす。あ、でも、あの女、処女なのは間違いないっすよ。向こうの検診のドクター情報なんで」


「マジか? テンションあがってきたわ」


 談笑する森本と梅内の顔を赤色灯が照らす。獣じみた笑みを浮かべ、離れた上下の歯の間には唾液が糸を引いている。智人はわずかばかりの放心の間を置くと、改めて寺井を護ると誓い見つからぬうちにと物陰に隠れた。


 しかし、声がかけられる


「陣笠が丸見えだよ。覗き魔君」


 小沼の声。慌てて逃げようとしても遅かった。傭兵たちに回り込まれていた。見上げるような巨体に首根っこを捕まれ梅内の前に放り出された。


「森本さん、こいつどうします?」


「任せるわ。とりあえず、テンションあがってきたから、ちょっぱやでカタをつけようぜ? そんで野郎全部ぶっ殺したら女狩りだ。これがほんとのガールハントってな」


「あはは。さすが森本さん。ギャグもキレッキレっすね」


「おう、キマってきてるぜ。つーか、景気付けにこいつの首もイッとくか? 試したいポン刀あるんだけどよ」


 森本は梅内が担いでいるゴルフバックから刀を取り出そうとする。


「そっすね。まあ、いちおう小沼に聞いてみます。なんか、向こうにかなりヤバいのいるらしくって、できるだけこいつ囮に使いたいらしいんすよ」


 小沼が会話に入ってきた。


「ああ、先陣をきってくれ。期待してるぞ? 新人君」


 智人は小沼をにらみつけてみた。平手で顔を張られる。二発、三発と止まることなく続けられた。何発か数えることもできないほどの回数が重ねられた智人は頷いてしまったが声は発しなかった。そのことにわずかな誇りを賭け耐えている。耳元で小沼が囁いた。


「今ここでお前を殺して、森本を先にあの女たちのところへ連れて行ってもいいんだぞ?」


「おお、『なるはや』でな」


 智人は屈した。


 小沼の指示した階段を登り始める。特に何もなく階段を登りきったが防火扉により廊下への進入路を塞がれていた。


「どうしましょうか?」


「いや、これでいい」


 小沼が合図をすると傭兵たちはなにやら工具のような物を使い防火扉と壁の隙間を粘つく液体を埋め始めた。それが済むと男たちは防火扉に備え付けられた人が出入りする小さな扉の前も同様のことを行った。それが終わると小沼の指示で二階まで降り、廊下を通って先ほどとは反対側の階段を駆け上がった。そして、同じように作業を繰り返した。ただし、こちらは人が出入りするドアには何も施されなかった。


 その前でしばらく待たされた。やがて防火扉をノックする音が聞こえた。男たちが集まった。それぞれがさすまたや透明な盾、戦闘用の斧などを手にしている。やがて、小沼がドアをノックする。変則的なリズムで叩かれた。応えるように同じノックがドアの向こうから聞こえてきた。小沼が頷くと傭兵の一人が扉を開けた。傭兵たちと同じ装備を身につけた男たちが一人現れた。小沼と日本語で小声で素早くやりとりを始めた。


「中には市村含めて剣士が三人、二人はこっちについてる。あと検事一人と女一人。市村が女を力付くで抱こうとして俺たちと揉めた。裏で手を回さなかったとしてももみんな市村に反目してたな。あいつ本当にどうかしてるな」


「飛び道具は?」


「それがないんだな。俺らと違って人間国宝が約束された市村さまはプライドあるのか知らんが、剣や打撃で迎え撃つことに相当の自信があるらしい。ただ俺らが検事さんの信頼得るために机で窓側にバリケード作った。あと仕掛けとしてゴルフボールを床にぶちまけている。ガイジンさんは摺り足できるか?」


「いいや。だが元々斬り合うつもりはない、所詮、こいつらにとって今日はベースボールの練習だからな」


 小沼がそう言うと傭兵たちは指先で石を弾ませた。


「なるほどね。くれぐれも狙うのは市村だけにしてくれよ。市村は袴姿でスキンヘッドの大男だ。外人さんにもわかりやすいだろ。デッドボールは洒落にならないからな。ま、できるだけ早いところ、さすまたで奴を拘束するよ」


「ああ。任せた。段取りを説明する。シンプルだ。壁を工作し教室の内側へ倒す。そして全員横一列、ピッチング練習だ。そして、倒れた市村をお前等が好きにすればいい」


「ああ、でも壁を倒すって言うが実際時間は?」


「長くて三秒だ。あんな木製の細い支柱二本で支えられた石膏ボードなんてそんなもんだ。念のため時間稼ぎにあのガキを最初に突っ込ませる」


 智人は思わず眼を見開いた。逃げるか迷う間もなく両肩を傭兵に捕まれていた。小沼の視線の先では他の傭兵たちはこれ見よがしにハンマーを掲げいてる。


「なるほど。あいつは力も速さもあるぞ」


「なに。ドローンで監視もしてるからな。奴がベランダ側から回り込んで他の教室から出てくる前に把握できるさ」


「なるほど。それで俺たちとあんたたちで挟み撃ちにする。それでいいいな」


「ああ。剣豪スレイヤーの称号はあんたたちのものさ」


「いらんよ。そんなもの。だが頼むぞ?」


「ああ」


「あと万が一があるかもしれないが言っておく。日本刀といえどもは四人も斬ったら血と脂で斬れなくなる。さすがの市村でも、だ。もし、あんたらの想定通りにいかなかったら奴が刀を代える間を狙え」


「ありがとう。だが、その心配はない」


「まあ聞け。あとな、袴は膝の動きを読ませないために履いている。侮ると全滅するぞ。俺は奴が一度に七人斬ったのをこの耳で聞いている」


「お前はなぜ斬られなかった?」


 男は少し間を空けた。伏し目がちに答えた。


「傷が浅くて死んだふりをしていたからさ」


「そうか。グッドラック」


 そして男は戻っていった。小沼が腕時計で時間を計る。そして、ハンドサインすると男たちは速やかにそれでいて静かに廊下に乗り込んでいく。智人は後を追う機会を窺っていたが結局連れて行かれた。そして、小沼の指示で目的の教室の扉の前で立たさた。


『くそっ。この扉の向こうに寺井いるってのに。しかも市村とかいう野郎も寺井とヤろうとしやがって。ああ、もう混乱してる中で寺井を連れ去るしかないっ』


 決意を新たに扉をの前で木剣を構えていると扉が開いた。たたき込まれる。


『うわ、やっべ、どうする? どうする? どうする? とにかく寺井だっ!』


 刹那の瞬間に寺井を見つける。駆け出す。足を取られた。寺井の驚く声が耳に入る。痛みを忘れて立ち上がる。気が付いた。教室には机はベランダ側にバリケードのように積み上げられており、大量のゴルフボールが転がっていた。鮮血にまみれている。気が付くと壁にも天井にもそここかしこに血が飛び散っていた。そして、もの言わぬ三人分の男の亡骸。全て顔や手足ががつぶされていた。


「うわぁっ!」


 喚きつつも視界の端に寺井と捉えた。机で作られたバリケードの山の麓で床に座り体を丸めながら背を向けけている。そのとなりには古くさいデザインのジャージに身を包みながらも知性と意志の強さを漂わせる高齢の女が寄り添っていた。


「退(ひ)きなさいっ!」 


 女の恫喝を無視し、篠塚の側に駆けよる。寺井は袴姿であったようだ。しかし上着だけを羽織るように着ており袴は履いていない。胸の先端こそ開かれた上着の襟元に隠れているが、白い谷間から臍までが見えている。そこには眼を奪うほどの鮮やかな赤の飛沫。下腹部にはかろうじて下着であったであろう薄い桃色の布地が漂っていた。淡い繁みが行儀よく肌に並んでいるのが見える。


「逃げよう寺井」


 惚けたように智人をみる寺井。肩を揺すってみると瞳に生気が宿り始めた。


「あ、朝田君。ほ、ほんとに朝田君? お葬式もやったって聞いてたけど」


「訳はあとで。君を助けに来たんだ」


 智人が自分に酔いかけたところに廊下から怒号が聞こえてくる。


「今のうちに行こう」


「え、どこへ」


「と、とにかく、ここではないどこかへ」


 バリケードの机にとりついて崩していく。とにかく必死でベランダへの道を作っていく。すがる女検事を無視する。女検事は威厳はあるが筋力は足りなかった。ためらいなく振り払う。検事が短い悲鳴をあげて倒れ込む。


「あ、すいませんっ! でも危ないから近づかないでっ!」


 寺井に腕を引っ張られる。


「あっちから通れるよ」


 見てみると人一人が通れるスペースが出来ていた。寺井の手を取り駆けだした。そして窓枠からベランダに躍り出る。寺井を振り返る。道着の上だけを羽織っているだけの寺井。窓枠に手をかけ、勢いつけて片足をかける。


 道着の合わせは緞帳のように寺井の胸の前で開かれ、乳房も、その先端の、可憐さの余りに意地悪く甘く軽く噛みつきたいほどの桜色で淡く染めたかのような真珠の粒。直視することに罪を感じた。眼を伏せさらに下を向く。


 結果、智人の眼は股間に奪われる。梅雨の柔らかな日差しの中で、行儀よく、牧草をはむ羊のごとく牧歌的に間をあけつつも、規則性に乗っ取り整然と並ぶ、柔らかく細く控えめな書の艶に、生命(いのち)を感じた。勃起のその先、鼻血が垂れた。


「あ、やべっ。っていうか、ごめん」


「あ」


 寺井は自分の姿にやっと想い至ったのかあわてて襟の前を合わせる。内股気味にうつむき、片手で胸元を片手で股間を隠し動けなくなってしまった。


「ごめん、おんぶするよっ。これなら君を見ないで運べるから」


「運ぶってどこへ?」


「家庭科室。なにか布地があるかも知れないから」


「わかった。ありがとう」


 寺井が頭を背に埋める感触。寺井のポニーテールの髪が肩口から垂れてくる。蜻蛉の目で把握する。そして、肉肉しい腿の弾力。


 智人は思った。


『クソっ! 鎧なんて着てなきゃ、おっぱいとかあそこの感触を背中で味わえたのに』

 

 智人は味わえるものだけでも味わえばよいのに、否、手に入れた瞬間に次の欲がもたげてくる。智人の性欲は満足というものを知らない


 多少拗ねながらも家庭科室に向かってからの段取りを確認する。


『お願いです。エプロン、エプロン、できればフリルの付いた白いエプロン。あってください。家庭科室に』


 短歌を気取って心の中で呪文を詠唱。効果は裸エプロンだ。


 唱えながら寺井の裸エプロン姿を思い浮かべる。そして、欲望の達成のためににひた走る智人の脳と肉体はさらに活発に動き始めていた。そこへ耳を突き刺すほどの、それでいて長く響きわたる獣の鳴き声のようなものが聞こえた。


「な、なに今の?」


 寺井の声に答える。


「あ、あれ? 猿叫(えんきょう)って言ってね。剣の流派の中にはがああやって大声だして相手をビビらせたり、自分のテンションあげたりするんだって。あ、いや俺もね、血のにじみような訓練で・・・・・・」


 篠塚の受け売りを伝える智人の顔はドヤ顔だった。しかも、足を止めて寺井を降ろして顔を見せながら語りだした。寺井は言った。


「ごめんね。とりあえず逃げてからのほうがよくない?」


「あ、う、うん。ごめん」


「でもよかった。信じられなかったけど、今のでわかった。ホントに朝田君だ。お葬式にも行ったんだよ? でも生きててくれてよかった」


「うん」

 

 智人は、服の下で陰茎をぶるんとひとつ揺らすとと今まで以上の速度で駆けだした。無限に力がわくような気がしていた。


☆☆☆


 市村の猿叫が廊下に響き始める前に小沼は部下に指示を出していた。市村がベランダに出たのは把握していた。作業を中断させ小沼を中心に傭兵たちに盾を構えさせ亀のようにまとまらさせていた。


 挟撃を警戒している。市村が出てきた方とは反対側の扉から寝返らなかった者たちが出てくるはずと読んだ。バトルアクスを振り上げ英語で指示を出す。


「この天井の高さで槍を振り下ろされても効果がない。剣にしろバトルアクスにしろ近づいてきたら全員で圧をかけて各個撃破だ」


 待ちかまえていた。だが誰も近づいてこない。市村は距離を保ったまま持ち手が自分の右耳の横に来るほどに、先端に鋭くとがった棘を無数に生やした金棒を高く掲げている。筋骨隆々の大男である。そこにはどっしりとした安定感があった。


『おかしい。剣じゃない? それに挟撃がない? くそ、ドローンの画像では二人が外に出たはず。どこから来る? 他の奴はこちらが仕掛けてから背後を突くつもりか。ならば、背後の守りを固めて市村を叩いておくか』


 小沼が見たのは智人と寺井であった。だが、智人の叫び声を攻撃された故の者だと考えすでに死んだと判断していた。さらに、寺井が智人のあとをついて出て行ったのも二人が仲間同士だからであると判断した。指示を出す。


「プレイボール」


 隊形を代え小沼を中心にそれぞれ二名が投石の体勢をとる。それを見た市村は金棒をバットに見立てて先端を小沼たちの頭上を指し示す。


「ハッハッハ、ジス イズ ビーンボール」


「ファッキンジャップ」


「コノ、クソ、ションベン、チンカスヤロウ」


「スケベボウズ、オマエノアタマデボウリングシテヤルゼ」


 互いのリュックから石を取り出し投げる動作を始める傭兵。片足に重心をかけ片足を踏み込んでいく。だが踏み込んだ足が止まらない。


「ホーリッシット」


「ファック」


 叫びながらバランスを崩す。小沼は異変に気づき傭兵を支えようと手を出した。そのとき足も踏み込んだ。ズルっと足先を持って行かれる。気がついた。


「ワックスだ! 壁の下からワックスが溢れてきている。盾で守りを固めろ! 市村を油地獄に引きずり込め!」


 叫んだときには遅かった。ガラスの割れる音。ふり注ぐ蛍光灯の破片。もみ合う男たちの熱。そして、滴り始める鮮血。傭兵の一人はすでに首が無い。


「ナーイスバッチィング、いい気持ち♪」


 鼻歌交じりで無造作に倒れた男たちの頭を金棒でフルスィングしていく。首がもげると日本刀を抜き斬り落とす。そして、その首をトスバッティング。首は窓ガラスをわり、雲に届かんと遙か彼方に飛んでいく。


「や、やめろ!」


 小沼や傭兵たちの言葉にいっさい耳を貸さない。死体を踏みつけワックスに足下が濡れるのを避けながら盾を。次いで頭を粉砕していく。最後一人生き残った男に市村は言った。流ちょうな英語であった。


「そんなに震えてどうした?」


 男は仰向けで両手をふりながら涙と鼻水で濡れそぼった顔を左右に降り続け、日本語で言った。


「イ、イノチバカリハオタスケヲ」


 市村は快活に笑うと言った。


「顔色が青いな。これを飲むと元気になるぞ」


 そういって、墜ちた首を逆さまにし、その鮮血が泉のように溢れる生首の切り口を男の口元に近づけた。 


「ノー!」


「いいねえぇ。ジンガイもいい声で鳴くんじゃあ、ねえか。ちいとばかり楽しませてもらうか。勃っちまってしょうがねえ」


 市村は震える男の両手、両足を袖からだした結束バンドで固定した。服を切り裂き全裸にするとワックスの付いてない場所まで引き吊る。仰向けにさせる。両膝あたりを抱え上げ肛門を露出させると袖からペットボトルを取り出した。


「安心しろよ、このローション、植物性でメイドインジャパンだ」


「ノー!」


「さては前。ケツ、使ったことねえな? 気持ちよくしてやるから、思いっきり鳴けよ? こんだけ肌をださせるとAIがカメラ切り替えて立会人にも見られない。恥ずかしがることはないぜ」

 

「ノー!」


「なあ、俺の頭のこと嗤ったのお前だったよな。イマジンしてみろ。俺の頭がテメエのケツから入って口から出てくるところ。そんじゃ、うつ伏せになれ。いくぞ」


「ノー!」


「ノー、ノー、うるせえ、このノータリン」


 市村は静かに恫喝すると後ろから何度も何度も男を突く。むせび泣く男の顔に使用後の避妊具から精液をたらしていくと言った。


「生きて帰ったらお前の飼い主に伝えろ。ジンガイ共が俺たちの縄張りにしゃしゃりでてくんじゃねえってな」


 市村は男の足の結束バンドを解くと両足を抱え上げその場で回転を始めた。頃合いを見て手を離す。男は窓をぶち破り放物線を描き地面に叩きつけられた。窓枠から身を乗り出して様子を確認した市村。


「お、生きてるか? さすがジンガイは体が丈夫だなあ」


 そう言うと金棒を持ち寺井を犯す段取りを想像しながら教室に戻っっていった。


「おい、ババァ、女逃がしやがったな?」


「違います、敵にさわられました」


「なに?」


「あなたが外に出て行ってから狙い澄ましたかのように一人入ってきたのです。」


「ドローン見てたってわけか。まさか一人で入ってくるとはな。 なんてな、おい、そいつはお前を殺さずに逃げたってわけか。そんなわきゃねーだろ? うそ付くな」


「最初から彼女が狙いだったようです。悪い人には見えませんでした。きっと彼女を不憫に思ってまずは助けようとしたのだと思います。他の人たちがそうしたようにね。時間はまだありますから」


「うそつけ、ババァ。決闘代理人やるやつがそんなことするわけねえだろ。家(うち)みたいに、代々、代理人の家系で人間国宝も出してる剣豪エリートとちがってだな、九十九%(パー)の奴は貧乏な家に生まれた奴なんだよ」


「人は生まれで決まりません」


「決まるんだよ。そんな家に生まれるってことは前世で極悪人だったんだろうよ。そんな自己責任も忘れて、一発逆転夢見て殺し合おうっていう生まれも育ちも卑しいやつらなんだよ。世間知らずもいい加減にしろ。騙されねえぞ。お前が逃がしたんだろ?」


「そう思うならそれで結構です。だからと言って、どうします? 怒りを私にぶつけて殺しますか。でもわかってますね。そんなことしたら・・・・・・」


 市村は剣を抜いた。刹那の後、検事の服はバラバラになりひらひらと体から舞い降りた。下着姿の検事は言う。


「これはもう代表者への裏切り行為ですね」


「証拠は?」


「は?」


「はは、俺の剣は速くてカメラじゃ捉えられないんだよ。お前、自分で脱いで俺を誘惑したとか言われるぜ?そして、知ってるだろ? 肌が多く露出したら・・・・・・」


「なるほど、計算してるのですね。ただ、この程度の辱め、なんともありません。それより早いところ森本を討ってください。今ならまだ許しますよ」


「いやあ、ババァ、ババァ、言ってたけど、まだ三十路だもんな。十分いけるわ、俺。あんた」


「な、なにを」


「いや、さっきジンガイのケツの穴に突っ込んでたからよ、キンタマ糞まみれだから消毒しろ。そのよく回る舌ならすぐに終わるだろ?」


 検事は何も要わず胸元と股間を手で押さえ身を引いた。眼だけは市村をにらみつけている。市村はさらに続けた。


「結婚もしないで仕事一筋で世の女のために悪い男を懲らしめてきたんだろ? 今度は俺が生意気なお前を懲らしめてやるからよ。痛い思いする前にひざまづいてチンポなめろよ。ぺろぺろって。そしたら森本討ってやるよ。政治家の息子だからな。大変だったんだろ? 決闘にまで持ち込むの。みんなの苦労を無駄にするなよ?」


「あなたの力はもう借りません。私は一人で森本を討ちます。どきなさい」


「ふん、さすがだね、これだけの死体を目の前にしても動じてないもんな。だが、どくわけがねえ。そうだろ?」


 にらむ検事。にやけた顔で嗤う市村。


「あのー、お話し中すいませんが、検事さん。降参してもらえればこのピンチ。乗り切れますよ?」


 カーテンの向こう側から聞こえるその声は篠塚の物だった。


☆☆☆


「あーあ、やっぱりないよ。エプロンどころかタオルの一枚もないなんて」


「うん、しょうがないよね。元々廃校だし。いいよ、あたしこのままで」


「あ、いや、でも」


「ううん、いいの。朝田君なら変なことしないでしょ?」


「まあ」


 寺井は先ほどから道着の上だけを羽織り、必死で胸元で襟をあわせていえる。かがむと股間が見えることに気が付いたのか、智人がいくら言っても座ろうとしない。信頼されているのかどうか判断はつきかねた。


「ね、ところでさ、通知来てない? スマホに。あたしスマホも持ってこれなくて」


「え? あるけど」


「ほら、誰が生き残ってるか確認しないと」


今更ながらに篠塚と高城の存在を思い出した。あわててスマートホンを取り出し確認する。


「あ、すごい、まだ一時間もたってないのに」


 生き残っているのは智人側は智人、篠塚、高城、森本、梅内、検事側は寺井と検事と市村、あと、市村に説き飛ばされ逃亡扱いになった傭兵の一人である。


「うん、あの市村って人がさ、みんなのこと斬っちゃった。あっという間だった」


「でも、どうして仲間を斬ったんだろ」


「あたしが原因。あの人があたしを、ちょっと・・・・・・ね。で、助けてくれようとした人を」


「そっか。大変だったね」


「あたしがこれに参加したの自己責任だからしょうがないけどさ。でも助けてくれようとした人たちには本当にひどいことしちゃった。あたしのせいだ」


「君のせいじゃない。だって、実際あの市村ってやつが変なことしようとしなければ」


「ねえ、朝田君もさぁ。あたしにしたい? 変なこと」


言葉に詰まった。


「だよね。あたし、男の人はみんなそうだと思ってるから。ただ、ごめんね。拓也じゃなきゃ無理なんだ」


「わかるよ。俺は絶対にしないよ。変なこと」


「でもさ、あたしが大人しく市村の言いなりになってたらあの人たちも死ななくて済んだんだろうなって思うと、ね。ごめん」


 寺井は溢れた涙を指先ではじく。追いつかなくなり両手で顔を覆いしゃがみ込んだ。


『おおっ! またアソコがみられるっ!』


 智人は目線を送ってしまう。寺井の鼻をすする音が耳を、汗の酸味と苦みが入り交じる匂いが鼻を、そして、かつて憧れた寺井の姿が脳裏に映る。自責の念にかられた。


『くそ。俺、本当に最低だ。そうだ、きっとオナ禁のせいだ。とにかく気持ちを賢者モードに持ってかないと。トイレ行ってオナニーして来ちゃうか。いや違うっ! そうじゃないだろ? とにかく寺井の気持ちをなんとかしてあげなきゃっ!』


 「こ、これ、よかったら食べて。甘くて旨いんだ。飲み物もあるよ」


 眼を閉じながら差し出された携行食糧と水筒を見た。そしてそれを差し出す、全力で瞼を閉じてい智人の目尻の皺。思わず笑ってしまった。


「ふふふ。別にいいんだよ? そんなに気をつかわないでも」


「あ、いや、でも」


「それにね。死ぬとき汚れたくないから食べ物控えてるし。飲み物だけもらっとくね」


「うん、どうぞ、あ、あと俺まだ口付けてないから。っていうか死ぬとか言わないでよ」


「ごめんね。でもどうして? 朝田君、ぶっちゃけ私のこと何も知らないでしょ?」


「いや、俺、す、す、好きだから。寺井のこと。知らないことも多いけどでも好きなんだ。だから」


「死んでほしくない?」


「うん」


「ありがとう。でもごめんね」


「いや、いいんだ。俺の気持ち知ってもらえただけで。むしろごめんね。こんな時に」


「ううん。いいよ。でも、そっかぁ。なんとなくそうかもなしれないかなって位には思ってたけど」


「あ、態度に出てたかな。俺、キョドってたもんね」


「うん、ちょっとね。でもそれが朝田君なのかなとも思って。それにあんまり話さなくなっちゃたし。朝田家に行っちゃってから。どう、大変だった? 朝田家の子供になるって」


「まあ、ちょっとね。しかも俺、死んだことにされてるし」


「ね。お金持ちは怖いね」


 二人は微笑み合った。そして、張りつめた空気がゆるんでくると智人は言った。


「あ、そうだ。俺の鎧。あ、あとズボンも。俺が付けてた奴できもいかもだけど。とにかく、これ着てよ。」


「でも、それじゃあ、智人君が・・・・・・」


「大丈夫。俺は君を助けにきたんだから。」


「ありがとう。ごめんね。こんなことになっちゃって」


「全然。君が悪い訳じゃないよ。付け方わかる?」


「うん、でもね。いいの」


「いいって?」


「私をこのまま森本のところに連れて行って。さらってきたとかなんとか言って」


「え? どうして?」


「あたしね。森本と梅内って男を殺しにきたの」


「え? お金が必要だったんでしょ? だって、君がそんなことする理由なんかないだろ? このまま逃げ切ろうよっ」


 寺井は問いには答えずただ広角をあげ微笑もうとしていることを智人に伝えた。悟った。


「もしかして。拓也のため・・・・・・なの?」


「うん。ねえ、本当に何も聞かされてないの?」


「う、うん。何がなんだか意味わかんないよ」


「そっか、じゃあ、私は朝田君を説得しなきゃなんだね。もしかしたら君は君で森本を討とうとしてるのかと思ったよ」


「な、なんなの? 教えてよ」


「どこから言えばいいかわからないけど、驚かないで聞いてね」


「うん」


「拓也と君は腹違いの兄弟なんだよ?」


 智人は絶句した。


☆☆☆


「おいおい、飛んで日にいる夏の虫とはお前のことだな。篠塚って言ったっけ。出てこいよ」


「言われなくても」


 教室内から見ているとカーテンをひらりと大きく開かれた。市村はすばやく机にとびのり振り上げた金棒でカーテンの膨らみを叩きつけた。なにかやけに堅い物を打ち付けた感触。机すらも粉砕されていた。


「なに? いない?」


「ほんと、バカじゃん? あんた」


 すでに篠塚の刃は首筋に届いていた。そのまま動脈を断ち切る。吹き出す血しぶき。両手で傷を抑える。振り上げた刀を返して、市村の肘の内側めがけて振り下ろす。両手が墜ちた。血が吹き出す。ごぽごぽと液体を空気が押し出す音を漏らしながら市村は倒れる。


「どーお? まだ意識あるぅ?」


 まだ足先が動く。


「はい、じゃあ、これから自分の死に様よく見てね」


 篠塚は市村の着物を脱がし性器を露わにする。刀の切っ先がヒュン、と風を斬った。墜ちた陰茎を汚物を拾い上げるよううに、スーパーのレジ袋を手袋代わりに拾い上げ市村の額に載せた。


「すごいね。ねえ、それって、出ちゃったってこと? 殺されるってときにあんたなに考えてんの?」


 市村のしなびた性器からは精液が溢れていた。それが市村の端正な顔を白と赤とにまだらに塗っていく。


「できれば智人君に撮ってほしかったんだけどな。ま、いっか。ハイチーズ」


 篠塚はスマートホンのカメラ機能を自撮りモードに切り替えて市村に向けた。額にしなびた陰茎を生やし、白と赤が大河のように流れる己の顔。それが市村が最期に見た光景だった。


「はい、高城さん。入ってきて大丈夫だよ」


 カーテンが開かれると高城が入ってきていた。高城は傭兵たちが使っていたゴーグルをかけて手にはコントローラを持っている。


「よかったです。ゲームと同じ感じで動かせました。」


 カーテンの膨らみはドローンであった。傭兵たちの死体からゴーグルとコントローラーを手に入れた。そして、あらかじめ高城のスマートホンに篠塚の声を吹き込みベランダ側に市村の注意を逸らさせた。そこへ上昇させたドローンのプロペラを空中で停止させ物理法則を利用しカーテンに突っ込ませた。あとは篠塚が教室へ入り背後から市村を討った。


 体育館に潜んでいた二人であったが通知により生存者の状況を確認した。篠塚は決断した。隠れているよりも検事に降参をさせて時間的に早く決着を付けることにしたのであった。市村と寺井、検事の女の三人が行動を共にすれば何が起こるか察しがつく。市村の人を人とも思わない行動は以前から聞いていた。


 二人は検事に降参を勧めたが検事は条件を出した。


「女の子がいるの一人。その子が生きていたらします。もし、亡くなっていたのならどうぞ私をお斬りなさい」


 篠塚と高城は顔を見合わせた。


☆☆☆


 寺井の話を聞き終えた智人は絶句した。何を言えばいいのか、事実を飲み込むのに時間がかかっていた。全く寺井の話に現実味を感じられない。そこに死亡者の通知がスマートホンに届いた。寺井と二人で確認した。


「信じられない、あの人殺されたんだ・・・・・・」


 市村の死亡を報せるものだった。


さらにそこへ。


「おーい、浪人野郎、女をどこにつれていった? 早くしないとぶっ殺すぞ?」


 梅内の大声だった。声の聞こえたのは廊下側。まだ、遠い。わずかに扉を開き手鏡を束って廊下の様子を見る。誰も見えない。この家庭科室は三階にある。しばらくは時間がありそうだ。


 だが寺井の様子が変わっていく。焦りを滲ませながら早口で語り始めた。


 智人と拓也は父がそれぞれ妾に産ませた子であった。幼い頃から学業、運動ともに見込みのある拓也はあえて一般家庭で育ててハングリー精神を養わせた。見込みのない智人が朝田家の跡取りとして引き取られたのは自分より劣る者が経済的に恵まれた生活をしていることを間近に感じさせるためであったこと。そして拓也以外にも見込みのある婚外子たちは存在することを寺井は伝えた。


 さらに、続ける。


「でね。本当は君が死んだってことになったから拓也を養子になりそうだったんだけど、森本たちの横やりで別の人になっちゃってね」


「う、うん、それで?」


「拓也があいつら邪魔で困ってるって言うから、私、決めたの」


「何を?」


「ああ、この決闘制度を使えば殺せるんじゃないかなって。ほら、他の人だと忖度してさ。あいつら殺さないかもと思って。それで梅内に参加できるように手を回してもらったらあいつらの敵チームなんだもん、参ったよ。一応会ったこともあるんだよ? 二人とも拓也の紹介で」


「き、危険なの、わかってる?」


「うん、それは分かってる。でもね。拓也が言ってくれたの。これが終わったら結婚しようって」


「え?・・・・・・」


「私ね。あ、これ朝田君だから言っちゃうんだけど、ほら、誰にも言うわけにはいかないからさ。いつか朝田家を次ぐ拓也のお嫁さんが私みたいな貧乏人の娘だなんてさ。他の人に知られるわけにはいかないじゃない? だから黙っててね」


「黙ってはいるけどそんなに気にしなくても・・・・・・」


「そういうものなの。上流社会は。なんだ朝田家にいたのにほんとに全然わかってないんだね」


「ゴメン」


「あ、いいの。別に君に興味ないし。でもね、私は全部拓也に捧げてきたの。身も心も時間もお金も。それなのに朝田家はあんな訳わかんないやつ養子にしちゃうしさ」


 智人はかつて見た自宅から現れた青年の顔を思い出そうとしたが無理だった。ショックで観察などする余裕などなかった。思い出すのをあきらめ寺井に話の先を促す。胸が痛い。寺井の言葉一つ一つに心を抉られる。それでも話を聞いた。寺井お落ち着かせるためには全て気持ちを吐き出させるしかない、そう判断した。


「うん、ごめんね、話が逸れて。結論はね。私を死なせたくないなら君の手であいつらを殺してくれる?」


「え?」


「ほら、なんだかんだであの市村って人なら二人とも殺しちゃうかなって思ってたんだけどね。殺されちゃったじゃない? 君のチームの人に」


「で、でも」


「いいでしょ? 君は私を捕まえて差し出す振りをしてさ。油断したところを、えいって。ね? 人を殺すために訓練してたんでしょ」


「あ、いや、ちょっと考えさせて。俺もまだ銃殺されたくないし」


「うん? まあ、別にいいけど、なるはやでお願い。こうしてる間にも検事さんが殺されちゃうかもなんだからさ」

 

『ど、どうしよう? 絶対賢者モードで考えたい奴だよ、これ』


 智人決めた。


「ごめん、ちょっとだけ窓の方を見張っててくれる? 一分、いや三十秒でいいから時間をが欲しいんだ」


「いいけど、あいつらが窓から来たらどうするの?」


「大丈夫だよ。きっと」


「どうして」


「スーツが汚れるような真似しないよ、あいつら。じゃ、いいね」


 切羽詰まっていた。説明もそこそこに智人は寺井を背にした。しかし、警戒は忘れない。外の様子を知るために扉に耳をあて警戒をしながら陰茎をしごきはじめた。空想の中で寺井を思い描いた。新婚でお互いに食事を口に運びあう空想。それだけで腹にめり込むほど勃起した。多少てこずったが軌道に乗ってからはあっというまだった。


 そして、扉は開かれた。


「何をしてるんだ? お前は」


 やれやれ智人(ちいと)は射精した。オナ禁の果て、初めて惚れた女を空想で汚そうとした。その結果、惚れた女を汚そうとした男の顔を見ながら射精した。


「うわっ、なんだこれっ!苦(にげ)ぇっ」


「うぅううらあああっ! 人がシコッてるときに邪魔すんじゃぁねえっ!」


 手で顔を覆う梅内。その脳天に向けて思いっきり木剣を振り下ろした。だが腕で防がれた。致命傷にはならない。だが梅内は腕を抱え込んで膝をついた。片手に刀を持っている。智人は下から刀を振るわれることを警戒して一歩下がり様子を見た。やがて梅内は笑みを作り言った。


「おい。俺が生きていて助かったな。俺のバックは国だからな? 俺を殺したら業界自体どうなるかわからんぞ?」


『なにこいつ田舎のヤンキーみたいなこと言い出してんだ?』


 梅内を打ち据えたときは殺意も手加減もなかった。ただ、体が動いた。できるからやった、という感覚が一番近かった。だがそれだけで気力も体力も消耗した。寺井を守れる公算が一番高そうな手段を探していた。しかし、この一言で梅内に対する気後れが完全に払拭された。自分は散々好き放題していたくせに、身の危険が迫るととたんに虎の威を借りる狐となる。


 梅内に対する恐れは消えた。智人は再度木剣を振り上げる。


「や、やめろ。俺には国がついてるんだぞ? いいから聞け」


 興味はなかった。ただ寺井の前で暴力を振るうのにためらいがあった。木剣を降ろした。


「よし、いいか。よく聞けよ。今後決闘に広告付けて外国から国に大量に金が流れるようにするためのプロジェクトのリーダーなんだよ、俺は。決闘する両陣営にドラマを作って演出する。それを見ている立会人たちは楽しむ。広告が売れる。国に金が入る。な? 俺を殺すってことは国益を損なうことなんだぞ。あ、いや、ちょっと待て。浪人のお前にもわかるように言う。俺はみんなを幸せにするし、うちの会社にはその力がある。な?」


「なんで、お前、俺が浪人だって」


「え? そ、そんなこと言ったか? 俺」


 梅内が自分を浪人生と知っていたことが梅内と寺井の話を裏付けた。誰が言ったかまではわからない。だが篠塚が言うとは思えない。それなら智人が大学受験に失敗したと知っているのは同じ高校に通っていた寺井か拓也であろう。胸にどす黒い物が拡がっていく。だが、それでもし本当に寺井が幸せになるのだとしたら? 試したくなった。


「金なんかで幸せが買えるか? 金があっても子供を捨てる親だっているんだぞ?」


「でも飯や家は買えるだろ。幸せの基本だ。俺が生きて帰ったらあとでいくらでもやる。お前が貧乏人に配ってやればいい。だから、な?」


「いい話だな」


「わかってくれたか」


「だが断る」


「なに?」


「そんなの誰かに任せるよ。俺はただお前の泣き顔が見たくなった」


「なんでだよ? 俺がお前に何かしたか? 恨みを買う覚えはないぞ」


「寺井を騙してエロいことしようとしてただろ?」


「なんだよ? そんなことか。悪かった。お前が先でいい。森本さんには俺から言っておくから。な。俺も手伝ってやるから。な? みんなで飼おうぜ、あの奴隷女。拓也の話じゃ、結構無茶も受け入れるらしいぞ? あの女。同時に三人で入れてみないか? 兄弟」


 智人は木剣を投げ捨てた。


「わかってくれたか?」


 智人は静かに鉈を抜く。笑顔を見せる梅内のその首筋にめがけて振り下ろす。返り血を散らせた頬を上気させている。何度も何度も振り下ろす。遠慮会釈も反撃される警戒もなくただただ怒りをぶつけた。やがて首は皮一枚で胸元に留まり、やがて梅内の股ぐらに墜ちた。その顔には苦悶の表情が張り付いている。


 梅内の体が動かなくなると両手を後ろに回させ、市村の両手の親指、中指、小指をそれぞれ結束バンドでくくりつけた。殺した実感もなく。梅内がもう動かないでいてくれる保証もないと感じていた。振り返ると怯えて震える寺井。尻餅をつきながらあとずさっている。失禁の航跡が床に続いている。


「やめて、こないで! なんでもするから。やめてぇょおぉぉ」


「何もしないから。俺の話を聞いて。助けたいんだ。森本が来ちゃうから。静かにしてよ」


 四つん這いになり、寺井の尿に膝が冷えるのも構わず、顔の目線を合わせた。それでも混乱し髪を振り回し両手、両足をばたつかせる寺井。


「拓也ぁ、拓也、拓也、助けて、拓也ぁあっ!」


 悲痛な叫びが耳を突き刺す。


 智人は認めた。


『ああ、俺の気持ちは寺井に届かない。いや、寺井が俺の気持ちを知ろうとしないのか。つーか、もう、どっちでもいいか。下らねえ』


 思いつくことがあった。懐からスマートホンを取り出す。卒業式の日、千尋と並んで撮ったツーショット画像を見せる。


「見てっ! 俺、彼女いるから君に変なことなんかしない。だから落ち着いて。森本は殺せないよ? 俺だって銃殺刑にはなりたくないっ!」


 スマートホンをのぞき込む。そして寺井は言った。


「こんな、コラで騙されないっ! あんたみたいにキショイ奴に彼女なんているわけないっ!」


 智人の中で千尋の顔が浮かぶと同時に何かが弾けた。瞳を見つめる。言葉を探した。唇が蠢くだけだった。ふとスマートホンのfuckの文字を写した画像を見せることを思いついた。まごつきながらスマートホンを操作しその画像を見せた。


「ふっ。で?」


 寺井が目と鼻で嗤う。口を開きかけた。そこから発せられる言葉を聞くのはもう沢山だった。寺井の胸ぐらを掴んだ。そして、吠えた。


 だが、息が漏れ出てくるだけで言葉どころか音すら現れてくれない。それでも己が想いを届けんと吠えた。吠えた。何度も、何度も。のどが張り裂けても構わない、そう思い定めて何度も吠えた。


 静かに吠える獣の牙をガラスのような瞳が映す。


 ☆☆☆


「すごいじゃん、まさかこんなことになってるなんて」


「いや、全然ですよ。でも無事そうでよかったです。なんか様子がおかしかったから大丈夫かなって。薬でも盛られてかのかなって」


「ああ、高城さんにも言われた。ただテンションあがってただけ。全然平気」


「あ、それならよかったです。でもよく来てくれましたね」」


「ああ、スマホで討伐情報チェックしてさ。だいぶ死んだっぽいっから一度偵察にね。そしたらすごい声が聞こえてきたから。結局森本だけじゃん、生き残ってるの」


「そうなんですよ、あいつら寺井を狙ってるっぽいんで焦りました」


「あっ、森本のやつ、保健室でなんか変な薬やってたっぽいからしばらく来ないと思う。それに高城さんが廊下を見張ってくれてるから」


「そっすか」


 教室のベランダに移動していた。寺井は結束バンドで手足を拘束されている。言うことを聞かないからと言って放っておくわけにもいかず、寺井をかつぎあげ教室をとおりぬけベランダの端に座らせた。


「ねえ、ところでその子。すごい縛り方されてるね」


 亀甲しばりだ。


「あ、ちょっと言うこと聞いてくれなくって。でも、とにかく運ばなきゃって思ったら」


「え? 運びやすいの? こんなんで?」


「ええ。これ、昔の人がお米を運ぶときの縛り方ですから」


「よく知ってたね」


「ええ、テント暮らしが長いんで」


 しれっと嘘をつく智人。エロ動画から学んだ。だが、臆することなく話を誤魔化す自分を不思議な想いで感じていた。


「どう? 今度は自分で戦ったんでしょ? あたしも森本倒せてチョー気持ちよかったんだけど」


 そういう中村は手に持ったスーパーのレジ袋を揺らした。初めて気がついた。血が散りばめられ袋の口からは黒く濡れた髪が覗いている。だが、何の感慨もわかない。ただの物としてしか感じられない。


「正直あんまり覚えてないです。むかついたからやった。でも後悔はしていないって感じです」


「そっか、まいっか。あとで動画見れば。打ち上げしながら一緒に見ようよ」


「あ、はい。あれっ? 動画なんて観れるんですか?」


「うん、立会人とうちら参加者は見られるよ。ま、キレイごと言ったって、コレ、権力者とか金持ちの見せ物だからね。どこの誰が見てるかわかんないけど」


 二人の間に沈黙が流れた。風を感じ始めた。


『やっべ。寺井でヌいてるところ、全世界の権力者とか金持ちとかに見られてたんだ』


 そう想いながらただ眩しそうに目をしかめ何も言わないでいた。やがて寺井がさるぐつわを通してわめき始める。智人が駆けよりさるぐつわをはずそうとした。篠塚が止めた。


「なんでさるぐつわしたの? この子が騒ぎ出したら森本がやってくるかもしれないからでしょ?」


「そうなんですけど」


「あたし、この子を守るためになんか戦いたくないからね。舐めてるもん。決闘を」


「まあ、そうなんすけど」


「ね、これからその子連れて検事さんに降参すすめなきゃだから。ホントはねぇ。君がこんなにやってくれたんだから森本たちもついでに斬っちゃいたいところだけど、それが悔しいかな」


「ですね。っつーか寺井に森本やらせちゃいますか? 寺井、さっきまで森本殺したいって言ってたんですけど」


「本気?」


智人は首を横に降った。


「いえ、こいつに人殺しはさせたくないです。自分が人殺しておいてなんですけど」


「わかるよ。人には向き不向きもあるしね。じゃあ、今日のとこは早いとこ終わらせちゃお? 疲れたでしょ?」


「ですね。それに・・・・・・」


智人は振り返り寺井を見た。 


「隙ありっ!」


篠塚は振り向いて無防備に露わになった智人の首筋を軽くつついた。


「あひゃ、くすぐったいですよ」


「油断大敵。ってことでさ、悪いけどその女、かついできてくれる? 会わせないと検事さん信じてくれないと思うんだよね」


「あ、はい」


 考える前に答えていた。


「ま、その子の猿ぐつわだけどはずしてあげたら? あいつらがヒスってる女の声を聞きつけてやってくるかもしれないし。それで自分で手を汚して戦うってこと思い知らせてやったらいいんじゃない?」


「あ、いや。さすがにそこまでは思わないですけど」


「ふーん。うちらがばったりあいつと会うかもしれないけどね。一応教えておくけどドラッグ決めてる奴を相手すんの大変だよ? 痛み感じないから」


「あ。じゃあ、『こいつ』このままでいいっすよ」


「はい、よくできました。あたしの訓練もこれで卒業ってことにしてあげる」


「あ、なんかそう言われるとちょっと寂しいですね。高校の卒業式なんてどうでもよかったんですけど」 


「ま、別れるときに寂しくならない関係だった、ただそれだけでしょ。それも悪いことばかりじゃないよ。きっと」

 

 篠塚は智人の肩越しに寺井の顔をのぞき込みスーパーのレジ袋を掲げ手を振り告げた。


「じゃあみんなで一緒に行こっか」


 そして四人は検事の元へ向かった。寺井のうめき声は耳に入っているはずだったが相手をするものは誰一人いなかった。検事が待つ教室野の前まで来ると高城が言った。


「あ、少なくともこの縛りは外しません? 誤解されますよ?」


 智人は一瞬で縄を解いてやった。寺井の肌に触れても、見ても、酸味が臭味に感じるように変化した体臭が鼻を付き、鼻孔を通って舌の上で溶けだしても、うめき声が漏れ聞こえてきても、ぴくりとも陰茎は反応しなかった。


 ☆☆☆


「ほんとすごいよね、智人くん」


「生きててほんとよかった、智人」


「ありがとうございます。智人さんのおかげで早く終わったし生きて帰ってこれました」


 智人たちは宿泊していたホテルにもどりシャワーと着替えを済ませると待っていた千尋と合流し三人でホテルのオープンカフェにいた。曇天だからか客は他にいない。だが、それぞれが思い思いに収まらない生き残った喜びを弾けさせ明るい空気を醸成していた。そして、会話も落ち着いた頃に千尋が篠塚に尋ねた。


「あ、そうだ、防犯カメラ確認しましたけど篠塚さんの部屋に誰も入ってませんでしたよ?」


「あ、そうなんだ、あ、じゃあ、気のせいかな。ごめんね」


 二人の話を聞きつつ、曇天でなければ夕日が沈み行くであろう灰色の海を見ていた。水平線の向こう、空と海の境界が曖昧だった。思わず景色に手を伸ばす。爪の先が見えた。シャワーを浴びたのに爪の間にわずかな血が残っていた。智人は思う。


『不思議だ。今までの人生全てが夢みたいに感じる。今俺がここにいるっていうのも現実じゃなくて誰かの夢なのかもしれないな』


「ちょっと、どうしたの? ボーっとして。」


 円卓の隣に座る千尋に腿の上を軽くはたかれた。千尋はそのまま腿に手を乗せている。紅潮した顔で満面の笑みを浮かべている。訓練で身につけた技術、蜻蛉の目で自分を取り囲む女たちを見る。


 正面に座る高城は上目遣いにこちらを見ている。サンダルの足の甲を小鳥が餌をついばむようにやさしくくすぐるものがある。高城の足だ。


 隣の篠塚は海を見ている。腰といすの背もたれの間に滑り込ませてきた手は篠塚のものだ。


 智人は触れあう女たちの温もりと香りと笑みと嬌声を味わった。そして勃起した。


 妄想ではなく現実にこの女たちを抱くための段取りを考え始めた。それを未来の自分が叶わなかった妄想と呼ぶか、体験した過去の思い出と呼ぶかはこれからの行動で決まる。そして、行動を決めるのは自分だ。


 少し考え、智人は海を見つめがら静かに、だがはっきりと声に出した。


「俺、想うんですよ」


 女たちは何も言わずに、風に髪を遊ばせるままに、ただ智人を見た。そして、しばし、産みの苦しみにもだえあえぐように蠢く口唇。そこから産まれたのは言葉。


「チンポに振り回されるのもチンポを振り回すのも同じことだって」


「「「はぁ?!」」」


 女たちの声が揃う。それに応える。


「我が輩はチンコである。名前はまだない。あるいは、俺がチンコでチンコが俺で。ってことです。って、全然届くわけないっすよね。女の人に。まあ俺も女心なんてわかんないんで、おあいこ様ですね」


 女たちはかける言葉を失い海を見る。それでもそれぞれの身体は触れあう箇所の温もりを伝え合い、溶け合い、どれが誰の温もりかなどどうでもよくなっていった。


 ふと、千尋が智人に尋ねた。


「ねえ、寺井さんとも会えたんでしょ? 見せた? あの写真」


 答えるまでに少し間があった。


「ああ、流れで見せたけど、別に・・・・・・ うん、俺は何にも知らないんだってわかっただけだよ。ま、知ってても知らなくってもどっちでもいいんだってわかったよ。俺が智人(ともひと)だろうが(ちいと)だろうが、どっちも俺でどっちも俺じゃないんだし」


 智人の笑顔に屈託は無かった。


 それを見た千尋の脳裏に、かつて朝田家で見かけた小鳥の剥製のことが思い起こされた。


 完

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負け犬は赤と白を胸に秘め青く静かに遠吠える @yasuokouji

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