第11話 サン国の王子 サウロside

「サウロ殿下、本当に魔女の元へ向かうのですか?」


側近の1人が心配そうに眉を顰めて私にそう問いかける。


「それしか無いだろう。魔女に一縷の望みを賭けるしか」


 もうすぐ王太子となる予定だった第一王子のエゼル兄上。剣術、勉強等全てにおいて素晴らしく、政治においても優秀で非の打ち所がなかった。


誰もが将来王になると予想していた。


だが、1人の女によって兄上はおかしくなった。それは側近達も同様の症状である。いつも一緒にいる男爵の女が使用したのは魅了と思われるが詳しくは分かっていない。聖女に頼み解除を行うと我に返るようだが、時間が経つとまた元に戻ってしまう。


かなり厄介な代物だと感じた。


 そして兄の変化に気付いて次期王太子に名乗りを挙げそうなのが第二王子のラルフ兄。ラルフ兄は優秀ではあるが、自己顕示欲が強くて民を見下すきらいがある。自分を持て囃す貴族を優遇する事もあり、施政者としての器では無いと弟の俺から見ても思う。


かと言って俺は臣下として力を発揮する為に育てられてきたし、自分自身も王の器では無いと思っている。


早急にエゼル兄上に我に返って貰い王太子になってもらいたい。


 俺はどうしたものかと考えあぐねていたが、宰相が魔女エキドナの話をしていた事を思い出し、すぐに腕の立つ騎士を数人連れて魔女のもりへと向かう。

噂では魔女に会いたいと強く思う者に道が開かれるという。


俺に付いてくると希望した2人の騎士は側近の家族だという。やはり家族を治したいと思う気持ちは皆一緒だな。


 後の者は森の入り口で待機させ3人で森の中を進む。俺達の思いが通じたのか深い森の中の魔女の家へすんなりと訪れる事が出来た。




 扉をノックすると、返事と共に中から女神とも思わせるような目を隠した美女が出てきた。魅せられるとはこの事だろうか。


全ての時間が止まったかのように言葉が喉から上手く流れてこない。後の護衛に促されようやく言葉を口にする事が出来た。


魔女エキドナ様は笑って部屋へ通してくれた。怒ってはいないようで一安心だ。


魔女の従者がお茶を淹れてくれる。ふと従者を見ると、ナタクール国の王子ではないか。

彼は死んだとばかり思っていたが、生きていたのか。俺は驚いて言葉が口から溢れていた。カインはふっと微笑っていた。


色々と聞きたい事はあったが、魔女エキドナ様の言葉で優先すべき事を思い出す。


 魔女エキドナ様に内容を話すと彼女は魅惑的な笑みを浮かべ兄上は楽しそうだと言っている。


兄上は本当に幸せなのだろうか?


現状を知ってしまえば罪の意識に苛まれてしまうだろうか?


けれど、兄上はこのままだと死んでしまう。なんとしても助けたい。魔女エキドナ様はそんな俺を見てニコリと笑う。対価が必要だと。

 俺は父に願い宝物庫から貰ってきたのだ。魔女エキドナ様は喜んでいた。何を渡したのか言わなくても分かるとは流石だと思う。


早速、薬を作ってくれるみたいだ。ホッと胸を撫で下ろす。魔女様は魔法薬を釜の前に立ち作り始めたので俺は薬を待つ間、カインに話しかける事にした。


「久しぶりだな、カイン。死んだと思ってたよ。よく生きていたな」


「サウル、久しぶりだな。俺は追っ手に殺されかけて瀕死の状態だった所をエキドナ様に助けて貰ったんだ。それ以来行き場の無い俺を保護してここに置いて貰っている」


「ふぅん。魔女様は美人だし良いなぁ。そうだお前、今、国がどうなってるのか知っているのか?」


同盟国同士で俺とカインは歳が近い事もあり、昔からお互い国を行き来する程の仲である。ナタクールでクーデターが起こり心配はしていた。


生きていて良かった。素直に思う。 


「きっと大臣辺りがクーデターを起こしたんじゃないかとは思っていたが」


カインは大方は予想していたようだ。


「あぁ、当たりだ。王族はお前以外殺されたようだ。しかし宰相が謀叛を起こした大臣と貴族一派を掃討中でな。


今は内戦一歩手前という所だ。お前を殺したい奴と探して保護したい奴がいる状態だな。まぁ、ここに居る間は安全だろう」


カインは俺の言葉を聞き、何処か思い詰めていたような表情が少し緩んだ気がした。やはり家族や国の事が気になってはいたのだろう。


 それから俺とカインは雑談をしながら薬が出来上がるのを待った。魔女エキドナ様から手渡された魔法薬。注意事項を聞き、カインに別れを告げる。



 城に戻ると父はまだかまだかと俺の帰りを首を長くして待っていた。その晩から兄上や側近達に薬を飲ませる事になった。夜を迎え、父と護衛騎士達で後宮を訪れた。

扉は鍵が内側から掛けられていたが、扉を破壊して中へと乗り込む。部屋の中では皆裸で淫らな行為に及んでいた。


兄上や側近達は虚ろな目で『愛している』とブツブツと何度も呟いており、女は生きているのか分からない状態で異様な光景であった。


父はあまりの状況に一瞬声を失うが、すぐさま騎士達に1人ずつ拘束させ、王宮の治療室へと運ばせた。


俺でさえ先程の光景を見てショックを受けたのだから母上や側近の家族達が目にするときっと倒れてしまっていたに違いない。


居なくて良かったと思う。


 兄上達は皆痩せ細り、一刻も早く治療が必要とされた。魔法で強制的に眠らせ、父や俺と側近達の父親が見守る中治療を開始した。眠っているはずの兄上達がひと匙の薬を口に含むと目をカッと見開き、女の名を呼びながら暴れて拘束を解こうとしていた。


2日目も一晩中女を呼び、暴れた。拘束している腕は傷付き血が流れ出す。誰もがその光景に息を呑んだが、じっと朝方まで寄り添っていた。


3日目、4日目と薬を服用していく内に次第に落ち着きを取り戻して5日目には拘束が解かれるまでになった。


その間、家族達はずっと付き添い、7日目には魔女エキドナ様の言っていたように、元の兄上達に戻っていた。


食事をろくに摂って居なかったため、兄上は治療室で過ごし、側近達は自宅で療養する事となった。



 目が覚めてからの兄上は憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。記憶もあの女の香りを嗅いでから曖昧になり、差し出された菓子を食べて以降の記憶は一切無かった。


それは側近達も同じだった。きっと記憶が有れば罪の意識に苛まれていたに違いない。そこは私や父、側近の家族達も同じ思いだったようだ。


兄上や側近達はみるみる回復していき、王子としての仕事を徐々に再開し、父の補佐をするまでになった。

学生の頃も優秀であった兄上達だが、魔女様の薬を飲んだせいか以前よりもさらに優秀になって帰ってきた。これには父や宰相、大臣や貴族達も舌を巻くほど。


やはり次期王太子は兄上となりそうだ。俺はホッと一安心する。兄達が閉じ込めていたあの女はと言うと目が無くなっていた。


衰弱はしていたがある程度回復した後に自白魔法により、掠れて殆ど聞き取れないが兄上達に惚れ薬を盛ったと自白した。


王族や貴族に毒を盛った罪で女は死刑と決まったが、あまりの状況に事件は公にする事は伏せられ女は秘密裏に処刑される事となった。


残念ながら最後まで女は薬の出所を吐く事は無かった。

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