第191話 囚人監視(誤字ではない)

 ピッ、ピッ。


 先生の笛の音に合わせてぼくは、

「イヤー、イヤー」

 とかけ声を間違いながらも返していく。


 くたびれた身体に鞭打ち、まだ戦いの傷の癒えない身でありながらも果敢に組体操へと臨んでいた。ムチ打ちじゃないかと思うほどのダメージが身体には残っている。


 さっきもらったダブルアームスープレックスによる影響かもしれない。いや、そんな大層な技じゃなかったような気もする。


 いまのところ、組体操は順調だった。


 ひとりでの演目が終わり、つぎはふたり組での演目。ここら辺りはまだまだ楽だ。大分ぷるぷるとしたサボテンにはなっちゃうけれども、それもまたご愛嬌だろう。


 もうこのままサボテンでありたかった。もしくは扇でも構わなかった。


 ふにゃふにゃとした扇ではあるけれど、ぼくは扇までならば問題なくがんばれる。腕の怠さに耐え、五人組の演目が始まるころからは身体が悲鳴をあげはじめていた。かけ声も、『ぎゃあー』に変わっていく。


「つづきましてはカシオペアです。星座を模したこの技は女性の手を表したとされています。その美しさにご注目下さい。ここ富良庵にエチオピアの風が吹き荒れる」 


 引き続きアナウンス席に残ることになった佐野くんの解説も絶好調のようである。ややプロレス調に寄りつつはあるけども、いっしょに練習をしてきた経験者としてのエピソードを添えながらの名解説だった。


「苦しい、辛い。だが耐えた。魅せました五人アーチ。筋肉のワインセラー。長かったプレリュードもようやく終わり。さあいよいよ、お迎え後奏曲。人間ピラミッド」


 ピッ。


 力強く笛が鳴り、神妙な顔付きでみんないっせいに歯を食いしばった。一段、一段と高く人間が積み上げられていく。緊張の一瞬だ。ここまでは大きなミスもなくやってこれたのだ。是非とも成功させたい。


 ぼくも手を付いてグッと重みに耐える。信頼と責任の重さをその身で受け止めた。


「ラストー」


 先生の声に身が引きしまる。ググッと重さが加わっていき、ピラミッドの完成まであと一歩。ピラミッドを崩そうとするのならこの時を置いて他にはないタイミング。さて、どうなるのか。ハッと息を呑むと。


 ──ィン、とマイクが鳴った。


「ご覧ください。最下段中央、小森快斗。根幹をひとり支えるピラミッドの大黒柱。くるしい顔だ。彼の腕に足に、百人の生徒がその命をあずけている」


 観客の視線がスッと小森くんへと向く。


「ああっと危ないか。小森くんの斜め上。下から二段、右から六番、相澤大河。腕が震えている。ハンドボール部が誇る若きホープ。音速の右腕も九段を前に形無しか」


 彼を知る生徒も知らない生徒も、音速を謳うその右腕にクギ付けとなっただろう。


「七段、右から五番。原田陸。どうかこの窮地を救ってはくれまいか。ピラミッドの心臓ど真ん中。ひとり山岳地帯」


 彼にも視線が向くか向かまいかというところで、ワア、と大きな歓声があがった。


 九段、人間ピラミッドの完成だ。


 どうやら彼らはピラミッドを崩すタイミングを逃したらしい。もっとも衆人環視の見守る中、名指しで呼ばれ。注目を集めていた彼らが、さあ、悪意を発揮できていたとは思えないけどねとほくそ笑んでおく。


 笑うと力が抜けそうになっちゃったものだから、あわてて踏んばりなおした。


 ひとに罪を実感させるのは時間がかかるし、難しいものだ。でも恥とくれば別だ。ましてや出来ないことを侮蔑していた彼らが、おんなじレッテルを貼られることをまさか良しとはしないだろう。


 彼らのプライドがそれを許しやしない。


「ハーハッハッハ」

 と高笑いしたいところだったけれども、いまはとてもそんな余裕がなかった。


 早く。もうムリ、と泣きそうになった頃に笛が鳴らされる。はい、みぎい。はい、ひだりい。はい、まええ。いやあああ。


 むぎゅう。

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