第190話 動ける証拠
デストロイ・コ・クボはまだこの後にリレーが待っているので行進に戻っていく。敗者は黙ってただ去るのみだろう。よろよろとフェードアウトしていくぼくにも温かな笑い声とささやかな拍手が贈られる。
どうやら模擬試合はウケたらしかった。佐野くんの実況解説も好評だったようで、練習した甲斐があったというものだろう。もっとも、プロレス好きの佐野くんは練習するまでもなく出来ていたわけだけども。
去っていく際、古越さんと目があった。覆面のおかげでぼくだとはわからなかったのだろう。何も言わずに視線を切られる。生徒会長である古越さんはアナウンス席が乗っ取られることを予め知らされていた。
あの日、生徒会室を訪れた佐野くんが相談している。先生にも話を通してくれた。先生は生徒会長のサプライズ企画におもしろいじゃないかと太鼓判を押したそうだ。彼女の日頃の行いが物を言ったのだろう。
それにしても佐野くんの直談判をよくぞ認めてくれたものだと思う。腕をケガした彼に競技は難しかったから、声だけの参加でも許そうと思ったのか。はたまた、よっぽどぼくに組体操をやらせたかったのか。
真偽は不明なままである。
それよりもおっかない顔をしてぼくを見つめる瞳があった。和島くんだ。リレーの待機枠から眼光鋭くも刺してくる。出場者じゃなかったのならば、今にも追いかけてきてぼくのことを捕らえてきそうな瞳だ。
彼には乱入も、アナウンス席の乗っ取りだって許せるものじゃなかったのだろう。まあ、どう贔屓目に見たところで正しい行いじゃないのは誰の目にもあきらかだ。
くわばらくわばら。おっかないなと思いながらトイレに駆け込んで変装を解いた。長いトイレを終えたぼくは、お腹を擦りつつ自分の席に戻って友の眼差しに耐える。
「遅かったな、トイレ混んでたのか?」
「いやあ、お腹がちょっとね」
減ってきたのさ、とお腹を撫で撫で。
楽しくお昼ごはんの時間を向かえる前に最後の種目がはじまろうとしている。さあいよいよ本番。いわくつきの組体操だと思うと、否が応でも気合は入るというもの。
むん、と準備体操をしているとなんだか騒がしい声が聞こえだした。おや、と思っているところへ風のうわさが運んでくる。
「いったいなんの騒ぎ?」
「和島だよ。犯人探ししてるんだって」
「犯人?」
「さっきの覆面の奴に注意するんだとさ」
「えー、面白かったのにね」
げふんと、むせる。
リレーの終わった和島くんはすぐさま、怪しいと思うひとを片っ端からひとりひとり取り調べているらしい。段々とこっちに近付いてくる姿が見えてきた。
冗談じゃない。ぼくはまだ、この体操服の下にコスチュームを着ているのだから。よく見られでもしたら、覆面の正体はぼくだったと一発でバレてしまうことだろう。
どうしようか。脱いだ所で荷物になる。そしてグラウンドには手ぶらで来ていた。どこかに隠せるような所もありはしない。
途端にあたふたとしながら逃げ惑った。ぼくの逃げる方へ和島くんも追ってくる。わざとじゃないのかなと思うほど、あっちへフラフラこっちへフラフラ。
万事休すかと思ったその時、
「次は、男子生徒による組体操です。男子生徒は入場ゲートへと集まってください」
救いのアナウンスが入る。
和島くんは悔しそうに眉根を寄せ、駆け足で入場ゲートへと向かっていく。いやあ危ないところだった、危機一髪である。ふう、と座り込みたくもなろうものだ。
ほとんど身の隠れない樹の陰からこっそり覗いていたら、肩をツンツン突かれる。ふり返ると、どこから現れたのか鬼柳ちゃんがいた。キョトンとした瞳で見ている。
「守屋くん。もう観念して組体操なさい」
「ふぅむ、逃げ損なったか」
と苦笑う。
どうしてみんな、ぼくに組体操をやらせたがらせるのだろう。
「がんばってね」
と脅されちゃ敵わないや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます