第192話 探偵あらわる

 人間ピラミッドは正しくも瓦解した。


 ぼくは思う。ピラミッドは人間で組むものじゃないなと。王様のわがままには困ったものだ。ぼくが王様となった暁には前王をピラミッドにしてやろうと心に決めた。


 ピッと笛が鳴り、崩れたピラミッドから一段ずつ起きあがっていく。すぐに順番が回ってくる。枷の外れた体でススっと立ちあがると体操服がペロンとはみ出ていた。だらしないからズボンへとねじ込む一瞬。


 下に着込んでいたコスチュームがチラリとのぞいていたかもしれない。まさかね、と視線を回すと和島くんと目があった。


 ギラリとした目でぼくを凝視しているような気がする。ありゃ、まずいだろうか。偶然見られたのかな。本当に間のわるい。


 ピー、という長い笛の音が響きわたる。それは退場の音色だった。ぼくは脱兎の如く逃げるようにしてその場を去っていく。走りながらも首をひねる。和島くんはすこしスタートが遅れているように見えた。


 これにて、午前に予定されていたプログラムはすべて終了となる。入場門をくぐるとアナウンスがお昼の時間を報せていた。みんなは一斉にワラワラと散っていっては思い思いの場所でお弁当を広げていく。


 それなのに和島くんはずんずんとぼくのあとを追ってくる。まずいまずいまずい。早足でパタパタと行き、追跡を撒こうとするけれども上手くいかない。むしろぼくはだんだん追い詰められていってしまった。


 もう逃げ場がない。


 一瞬の隙をつき備品倉庫に潜り込んだ。サッカーボールのカゴに身を隠すけれど、見つかるのはもう時間の問題だった。ほかに隠れる場所がないのだから探偵でなくともわかるというものだろう。万事休すだ。


 倉庫の入り口を大きく開けて和島くんが中へとやってくる。一歩、また一歩。足音はこちらへ向かってまっすぐに近付いた。そして目と鼻のさきでぴたりと止まった。


 さて、どうしよう。


 千通りの言いわけを頭に思い浮かべる。普段着なんだよと言い張るか。他はぜんぶ洗濯しちゃったからが有力かなと頭を悩ませていたら声がする。和島くんの声じゃなかった。ぼくのよく知る声が耳へと届く。


「犯人は、和島くん。あなたよ」


 鬼柳ちゃんだ。鬼柳ちゃんの声がする。サッカーボールのおかげで姿は見えない。とうとうサッカーボールよりもちいさくなっちゃったんだねと、ボールの隙間を縫って窺うけれどもやっぱり見えない。ちゃんと探偵ポーズをしているのかと心配した。


 しかし、はて、と首をかしげる。たぶん和島くんもかしげているだろうか。犯人? なんの? ザッと靴音がした。ふり向いたのだろう。目が合ったのか探偵は続ける。


「あなたのことを狙っていたの」


 思わずズッコケそうになる。犯人が和島くんを狙っていたという意味か。まったく変なところで切るんじゃありません。和島くんは気にも留めずに真面目な声で返す。


「なんだ、鬼柳さんか。狙っていたって? なんの事を言っているのか分からないな。いったいどういう話なんだ、鬼柳さん」


 あわわ、と手が泳ぐ。和島くん、そこは地雷原なんだ。見事に踏み抜いているよ。名字を連呼しちゃいけない。やられるぞ。ハラハラとして耳を澄ませる。ちょっぴりと時間をあけてからの返事があった。


 ひょっとすると深呼吸でもしていたのかもしれない。大きく息を吐く音がする。


「あのピラミッドでね。和島くんを落とそうと恥をかかせようとしている動きがあったみたいなの。きっと反感を買ったのよ」


「反感だって? いいや、鬼柳さん。なんで俺がそんなものを買うんだ。それにどうしてきみが知っている。なあ、鬼柳さん」


 地団駄を踏むような音がして、

「ん──、んん──、そういうとこよ!」

 とするどく聞こえた。


 うん、きっと今は探偵ポーズしてるな。

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