第183話 恐れるなかれ

 和島くんの先導で、佐野くんは人気のない方へと連れられていく。何用だろうか。ぼくは見つからないようにと細心の注意を払いながら覆面捜査をつづけた。


 覆面はまだ取れていない。半ばぼくは諦めていた。屈強なレスラーが相手の覆面を外そうとしても中々取れない所をみるに、そう簡単に外れるものでもないのだろう。


 ぼくもリングネームを考えたほうが良いかしらと悩んでいると、和島くんがくるりとふり返って辺りに視線を配る。あやうく見つかる所だったけども、どうにかリング際で踏み留まることができたようだ。


 覆面の効果なのかもしれない。壁にぺたりとへばり付いて、よく耳を澄ませる。


「呼び出してすまなかった。佐野くんのその怪我について聞きたいことがある。きみに怪我を負わせた犯人は小森と相澤だな」


「え」

 という佐野くんの声に隠れはしたけど、ぼくもうっかりと声が漏れてしまった。


 なんだい、いきなり名推理じゃないか。名前を呼ばれたふたりの顔をあやふやにも思い出していく。確かに見覚えがあった。ぼくの下の段にいたふたりを指している。


 意外だと驚きの色を隠せそうもない。


 鬼柳ちゃんと、まあ、大負けに負けて大矢さんを足しておくとしてもだ。その他にも探偵がいるだなんて思わなかった。和島くんを見る目がくるりと別モノに変わる。


 どんな推理でたどり着いたのかなと、ニヤリニヤリとしながら顛末を見守った。


「ああ、すまない。あまりに説明不足だったな。ぼくの位置からは見えていたんだ。あいつらがわざと手を抜いていたのがね」


 フンと息をついては憤る。


 佐野くんは狼狽え、ぼくはシュンと肩を落とした。なんだ、見ていただけなのか。推理したというわけじゃなかったんだね。相変わらず間がいいのか、悪いのか。そういう星の下に生まれたひとなのだろう。


 ぼくの見る目はくるりくるりと変わる。


「これから注意しにいこうと思うんだが、一応は確認しようと思ってね。間違いがあっちゃいけない。きみも見てたんだろう」


 ぎらぎらとした目で詰め寄っていく。直ぐにコーナーへと追い詰められた佐野くんは為す術がない。カウントワン・ツーで、フィニッシュだった。カンカンカンカン。


 コクリと頷き、

「たぶん、原田くんもかな」

 と白状していた。


 思い出して傷んだのだろうか。折れた腕を優しく撫でるようにしている。それを目にした和島くんは、なおも燃え上がった。一際大きな声を出して、怒りを顕にする。


「ああ、まったく、原田もなのか。本当にしょうがない奴らだな。くだらないことをする。聞けてよかった。後は任せてくれ」


 火のついた目がこちらに向かって歩いてくるので、ぼくは転びながらも引き返す。あんな状態の和島くんに、このふざけた覆面姿を見られちゃまずかろう。いったい何を言われるのかわかったものじゃない。


 ピューッと逃げてどうにか和島くんをやり過ごし、はて、どうするかなと軽く悩んでから火のあとを追いかけることにする。


 恐れているだけじゃいけないのだ。


 獣は火を恐れるけれど、ぼくら人間ともなれば火すらも手懐けることができる。と意気込むぼくは夏の虫だったのかもしれない。こんがりしないように気を付けよう。


 和島くんのまわりをぶんぶんと、ウロチョロしながらに追いかける。頭に被った覆面に光沢があることも伴って、虫としては中々に完成度が高いんじゃなかろうか。


 真っ直ぐに犯人のクラスへ乗り込んだ和島くんは、何やら話してすぐに出てきた。おや、と思うひまもなく歩みをすすめる。向かった先はトイレだった。あまり使われてはいない方の部室棟にあるトイレ。


 その前で止まり、上を向いてから意気込んで中に入っていく。なるほど、犯人グループはトイレでたむろしているのだろう。ふぅむ、と思う。虫のぼくにトイレとは。


 ピッタリじゃないか。

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