第182話 のろわれた装備

 覆面の後ろの紐を外してぐいっと力任せに引っ張ってみる。本格的な覆面なのか、なかなかに脱がせにくかった。いたたた、という声に合わせてぎゅっと力を込める。


 痛がるレスラーとは物珍しいものだ。


 なんてことを考えていたらスポンと抜けた。髪はだいぶボサボサになっちゃってはいるけれど、見慣れた顔がそこにあった。


「やあ、丸山くんじゃないか」


 ぼくの級友。パンを好み、卵に嫌われ、たまに怪盗になったりもする丸山くんだ。学年があがってクラスは違ってしまったけれど、このクラスだったのかと把握する。


「まいったよ。脱げなくなっちゃってさ」

 

 頭をなでる丸山くんは割りかしレスラー体型なのかもしれない。すくなくともぼくよりは向いているのだろうけど、プロレス好きなんだと聞いた覚えはなかった。


「覆面なんか被っちゃってどうしたのさ」


「ううん、それがさ──」


 訊くところによると、この覆面は丸山くんの持ち物じゃなくてすこし借りただけのようだ。覆面はクラスメイトである佐野くんが家から持ってきた私物なんだと言う。プロレス好きは佐野くんの方だったのか。


 なんでも、元々は担任の先生に被らせるつもりで持ってきた物だったらしい。言われてみれば、ひとつ思い当たる節がある。


 たしか体育祭の出し物のひとつに、クラス対抗で先生に仮装をさせるというお遊び企画があったはずだ。体育祭の練習で溜まったであろう鬱憤を、憎っくき先生に晴らすというまたとない一大イベントである。


 ぼくのクラスも先生をどうしてやろうかと、盛りあがっていたような記憶がある。覆面はそれに使う小道具だったのだろう。それでも腑に落ちなくて、首をかしげた。


「なんでそれを丸山くんが被ってたのさ」


「女子が先生の顔はメイクした方が面白いって言うから覆面はいらなくなったんだ。でさ、似合いそうって言われて被ったら」


 ああ、と頷き、ハハと苦笑う。


「脱げなくなったんだね」


「いやあ、面目ない」


 キラキラと金と黒の蛍光カラーが眩しい覆面マスク。この手にするのは初めてのことだ。平和を愛し、プロレスとは縁遠い生活を送るぼくだけど。手にしたからには被ってみたいのが男の性というものだった。


「ちょっと被ってもいいかな?」


 わかるよと言わんばかりに丸山くんは口を曲げて手のひらを上にあげた。いそいそと覆面を被る。思っていたよりも視界良好だった。それらしくポーズなんぞを取ってみたりもする。すこし強くなった気分だ。


「似合う、似合う」

 と談笑していたら、

「なんだ、守屋くんか。感心しないな。学校におもちゃを持ってくるだなんて」

 どこかで聞いた声がする。


 ふり返ると和島くんが立っていた。本当にまあ、間のわるいひとである。


「ちがう、ちがう、そうじゃないんだよ。これは体育祭の出し物で使う小道具さ」


 手を振り、慌てて弁明をする。


 ふーん、とジロジロ見られ、

「そこ、通してくれるか」

 気付けば塞いでいた教室のドアを指す。


 中に入っていった和島くんを眺めると、佐野くんを呼び出している。ふたりして教室を後にしてどこかへと消えていく。佐野くんは覆面を被ったままのぼくをちらと見たけれど、とくに何も言ってこなかった。


 はて、どこに行くのだろう。


 後をつけようかと覆面に手をかけるけれど、あれ、脱げない。あたふたとする内にもふたりはどんどん歩いて行ってしまう。このままじゃ見失う。しかたないと、ぼくは覆面のままで駆け出していく。


「覆面は佐野くんに直接、返しておくよ」


「うん、よろしくねー」


 レスラーとなったぼくは丸山くんと別れてふたりの後を追う。尾行には向かない姿だったかもしれないけど、変装だと思えば案外これもありなのかもしれない。


 まさか通りすがりのレスラーが黒幕だとは、だれも思いやしないはずだから。

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