第175話 針のギプス

 重く、苦しい。もがこうにも動けない。


 崩壊したピラミッドの上から順に救助がなされ、ようやくの事ぼくも発掘される。震える腕と足でヨタヨタと座り込んだ。


 その様をみて、

「生まれたての子鹿だな」

 と笑われてしまう。


 くいっと首を捻り、真剣な顔で返す。


「知ってるかい。生まれたての子鹿をピラミッドに積む猟奇的な国があるらしいよ」


 冗談を言い合い笑っていると、

「良くないな。もっと真剣にやらないと」

 険のある声がした。


 ふいと見上げると、ひとりの男子学生。


 背は低くもなければ高くもなく。やや細めの体つきにも関わらず、すらりと伸びた長い手足からはがっちりとした筋肉質な印象を受ける。理想的な細マッチョだった。


 きりっと引きしまった顔付き。ぎらぎらとした目には、うっと怯ませる力がある。すこし表情が固いけれど整った顔立ちだ。男というよりかは漢といった方が似合う。


 ピラミッドを作るのならこういうひとに任せなきゃと思わせる風貌のひとがいた。あとは任せたと言う前に、彼は口を開く。


「ふざけてると怪我するぞ」


 ふざけていたつもりはないのだけれど、何となく引いてしまう。筋肉痛の腕をぷるぷるとさせながら持ちあげ、頭をなでた。


「いやあ、ごめんごめん。九段ピラミッドの完成が嬉しくて、ついね。初めてだし」


 九段にもなる人間ピラミッドは県内でも中々に珍しく、難易度もかなりなものであった。さっきの完成がはじめての成功だ。やれやれと、気も緩むというものだろう。


「なに言ってるんだ。まだ完成してないだろ。先生の話を聞いていなかったのか?」


 彼は眉間にしわを寄せながらに言った。はて、と思って周りの顔をうかがってみるとみんな揃いも揃って渋い顔をしている。ぼくはなにを聞き逃したのだと向き直る。


「さっきのはまだ七段だぞ。あまりにも成功しないものだから低くして、とりあえずの流れを確認しただけに過ぎないだろ」


 あら、そうなのねと急に肩が重くなってきた。そういえば視界の端に小さなピラミッドも見えていたっけ。あれは取り外されたピラミッドの頭頂部分だったのだろう。


 彼は親指をくいっと突きあげて指す。


「俺はまだピラミッドに乗れてないんだ。これじゃあ練習にならないよ」


 ああ、きみが頂点なんだねと納得する。きっと軽いだけでもダメなのだろう。パワー、バランス、スピードを兼ね備えてそうな彼なら相応しいのかもしれなかった。


「まあ、まあ。和島くん、落ち着いて」

 と周りの連中もなだめはじめる。


「そうだぞ、勇斗。つぎは守屋も頑張るって言ってるんだからさ。許してやろうや」


 ふぅむ、とあごを撫でた。和島勇斗わじまはやとくんというのか。そして周りの声には首をかしげる。まだ頑張るとも言ってないし、なんだかぼくの所為っぽくまとめられている。


「なんだ、みんなやる気十分だな」


 気付けば、いつのまにか先生までもが話を聞いていたようだった。先生までぼくが原因だと言うなら非行に走ろうかと思う。もっとも、筋肉痛でろくに走れないけど。


「いいか。だれかひとりの所為ってことはないんだ。みんなが息を合わせて足りない所をフォローし合う為の練習じゃないか」


 さすがは先生だ、全く良いことを言う。一生ついていきますともと頷いていると、先生はゆっくりとみんなの顔をぐるりと見回してから、口の端を持ちあげてみせた。


「だから練習あるのみだ。今日はもう終わろうと思ったが、どうだ。まだやるか?」


 なんて先生だ。全くひどいことを言う。そんな暴挙にだれもついていきやしない。という気持ちをぐっと押さえ訴えかける。


「先生、手が足が、まだ生まれたてです」


「じゃあ、しょうがないな」

 

 カッカッと笑いながら先生は終わりを告げた。どうにもからかわれたらしい。ホッと胸を撫で下ろすと胸辺りの筋肉が痛む。


 和島くんも気を持ち直したのか、

「つぎは頼むぜ」

 ポンポンと肩を叩いて去っていった。


 肩も痛い。

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