第174話 歯車付きピラミッド

 来る体育祭へ向けて組体操の練習がはじまり、早一週間が経とうとしている。ぼくの身体はとっくの昔に限界を迎えていた。全身は常に針のギプスに覆われたような感覚で、歩くごとにそれなりの苦痛を伴う。


 先生の号令に合わせて勢いよくかける、『ヤー』というかけ声があるのだけども。本当は虐げられてきた生徒たちによる、『イヤだ、助けて』を意味する隠語なのではあるまいか、とさえ勘繰りはじめた今日この頃のことである。


 体育の授業はもっぱら組体操の練習で。昼休みのちょっとした時間には全校生徒での行進の練習があり。やれやれ終わったと学校を去る前は放課後の特訓が待ち受けているというのだから、笑えた物じゃない。


 組んず解れつ、組んでは崩し、まるで賽の河原じゃないか。はて、ぼくはいったいなにをやっているのかと思わなくもない。


 ともに苦しむ友にも訊いてみた所、

「子どもの成長をみたいんだよ」

 なんて言葉が返ってきたけれど、おいおいよしとくれよ冗談じゃないと言いたい。


 いったいどこの親がピラミッドの土台になっている我が子をみたいと思うのかと。


「あらやだ、うちの子はピラミッドの五段目よ。上からの圧力に耐え、下には優しく手を添えて、立派に中間を担っているの。将来は立派な、中間管理職になれるわ」


 とでも言う気じゃあるまいね。子どもの成長を確かめたいのだったら、もっと違う方法でお願いしたいものである。


 そんなことを思いながらも、ピッという甲高い笛が鳴ったのならぼくは手をついて歯車の一部にならないといけない。おや、ピラミッドに歯車が必要だったろうかな。


 すでに四段組まれた人間ピラミッドへと登っていく。ぼくらの目指すさきは九段、まだまださきは果てしなく長かった。


 もっと筋肉隆々のタフガイ達だけで組めばいいのにと思うけれど、どうやらそういうわけにはいかないらしい。まず、この中学に百人からの筋肉隆々な男子はいない。いたらいたで、ぼくがイヤだ。その上に。


 重くなりすぎてしまうらしい。


 上の段にあがればあがるほど、体重の軽いひとが選ばれやすくなっていく。求められていたのは細マッチョだった。だからぼくも選ばれてしまったというわけだ。中肉中背、中の中。ピラミッドのど真ん中。 


 ここに集いしは百人の細マッチョ達だ。ぼくを含めて数合わせの方が多いけれど。

 

 ピッと笛が鳴り、ズシリとひとの重さがのしかかって来る。ひとって重たい物だ。そのまま重さを下に伝えると下のひとが苦しそうな声を出すものだから、グッと力を入れてぼく自身が持ちあげるようにする。


 どれほど効果があるのかはわからない。


 あとはひたすらに耐える、耐える。ピッと笛が鳴るたびに重く、熱くなっていく。周りのみんなも発熱しているのだろうか。汗をかくような熱気だった。


 何度目の笛かはもうわからないけれど、ピーという長い笛が鳴る。最後のひとりが乗った音だ。補助のためにピラミッドの周りへと集まった先生たちも集中している。


 人間ピラミッドの完成だ。


 でも、まだ終わりはしない。あいにくとこのピラミッドは駆動式だった。ぼくらが歯車である理由がそこにはあった。


 動く理由があるのかは、謎だけど。


 ピッと力強く短い音がした。ぼくらは項垂れた顔を前へと向けてあげる。あとは笛の音色に合わせて大きな声を張りあげた。


「右! 左! 前!」


 声と同時に首を左右に振っていく。腕はもう限界だと警告のアラームを出し、ぷるぷると震えだす。ぼくだけじゃなかった。隣りのふたりも同じくらいに震えている。


 試されているかのような、長い静寂。


 最後に、ピーと長い笛の音。ぼくらは、『ヤー』と隠語を口にして一斉に崩れる。上に何十人いたのかは知らないけれども、むぎゅうとひとに押し潰されながら思う。


 なんなんだろう、これ。

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