第173話 神々の怒り

 とくに変わった所もない公立の中学校。学区だって知らない間に割りふられてしまったものに過ぎない。ぼくは今まで学校が近くてよかったよかったなんてお気楽に、平々凡々と過ごしてきたわけだけれども。


 ずっと間違っていた。


 もしも事前に知っていたのなら、あらゆる手段を以てしてでもこの学校に通うことだけはどうにか阻止するべきだったのだ。ここだけは選んじゃいけなかった。


 とんと知らなかったんだ。


 まさかこの学校が体育祭の出しものである組体操に、ここまで心血をそそぎ込んで取り組んでいるとは思いも依らなかった。県外から見にくるひともでるほど知れ渡っているなんて、そんなの聞いちゃいない。


 寝耳に水どころか、お湯を注がれたようなものである。まったく、冗談じゃない。


 こちとら、生粋の運動音痴なんでい。


 きっとぼくは前世からの業か。人類存続のための宿命を背負わされた結果ゆえに、神々の手によって運動能力を封じられているんじゃないのかなと踏んでいる。


 という旨を熱く語ろうとした所、ビリリと身体に電流が走ってきては邪魔をする。くだらない冗談に、神はお怒りのようだ。


 机にバタンと倒れてしまいたいけれど、それはそれで電流が走る。ぼくの身体はもはや全身エレキテルだ。体中の筋肉が休むことなく不眠不休で発電しつづけ、お早うからお休みまでを容赦なく照らしつける。


 ぼくはいま輝いてるんじゃなかろうか。


「見ていられませんことですわよ」

 とおそらくは感嘆のため息をつかれた。


 やっぱり、眩しかったのかもしれない。鬼柳ちゃんの隣にちょこんと居座った縦巻きロールのお嬢様。じゃなかった。


 ツインテールなお嬢様風の何かである大矢恵海が、ぼくと違わぬほどの大きなため息をつきながら暗い顔をしている。


「まったく、守屋さんは大げさですのよ。組体操くらい、なんだと言うんですの。ちょちょいのちょいじゃないですこと?」


 なんて可愛らしいことを言ってくれる。ちょちょいのちょいとしてやりたくなる。お前を土台にしてやろうか、と悪魔的なセリフを言いたくなるのをグッと堪えた。


「守屋さんは、まだいいですわよ」


「女子はなにをやるんだっけ?」


 訊くとこの世の終わりを嘆くかの如く、

「ダンスですわ」

 と悲痛な叫びをあげる。


 ぼくはここまで悲しげに、沈痛な面持ちでダンスを憂うひとを他に知らなかった。


 ふぅむ、おかしいじゃないか。だれが定めたかは存ぜぬけれども、全国共通、津々浦々。男子と言ったら組むもので、女子と言ったら踊るものじゃあなかったのか。


「べつにいいじゃないか。ダンスくらい」


「ちがうの、守屋くん。ちがうのよ」


 神妙な顔つきでゆっくりかぶりをふる。はて、ぼくにダンスは踊れないけれど。決して運動音痴じゃない鬼柳ちゃんまでもがこの調子なのだからどうしたことだろう。


「──創作ダンスなのよ」


 なにか空恐ろしいものでも口にするかのように鬼柳ちゃんが激白したその言葉で、大矢さんは嘆き崩れていった。創作ダンスとはそれほどまでの物なのか。


 ごくりとつばを飲む。


「もうすぐね、各グループで発表会があるの。そこで選ばれたものを皆で踊るのよ」


「いやですの。恥ずかしいのですわ」


 ぼくは心底、驚いていた。あの大矢さんにも恥ずかしいものがあったのか、と。


「そんなになのかい」

 と笑うと、

「あれを見られるくらいなら──、ね?」


「そう、──死んだほうがマシですわ」

 一致団結して怖いことを言う。


 しかしだよ。そこまで言われちゃったら興味が湧いてくるのがひとの性というものだった。いったいどんな恥ずかしいダンスを考えたのだろうか。是が非でも見たい。


「ちょっと踊ってみてよ」


「いまの話、聞いてたの?」


 きろりと睨まれた。その瞳にはちょっぴり殺意が混じっていたのかもしれない。ぐるりと首を回し、大矢さんに向けて言う。


「いいじゃないか、減るものじゃないし。それに何よりだよ。ぼくは先輩なんだぞ」

 と、ふんぞり返る。


「天は人の上に人が、なんですって?」

 が大矢さん。


「はやく学問のすゝめを読んできなさい」

 と鬼柳ちゃん。


 あふん。ビリリと電流が走る。どうやら神々はお怒りのようだった。

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