みえない変化

第35話 早起きは

 目がさめると目の前には、白一面が広がっていた。寝ぼけまなこでそれを眺めてポツリとひと言、ぼくはつぶやいた。


「知らない天井だ」


 どういうわけか、天井が目の前にある。


 寝る子は育つというらしいけど、いくらなんでもこれは育ち過ぎじゃないのかな。さらに腕を縛られていたのなら、ぼくはガリヴァー旅行記みたいになっちゃう所だ。


 さすがは成長期だよと、我ながらおのれの成長の早さに恐れを抱くほどであった。幸い腕は縛られていないようだったので、自由な腕でペタリと天井を触ってみる。


 そしてようやく気が付く。これは知らない天井なんかじゃなくて、よく知ってる壁だったと。辺りをよく見てみると、ここはぼくの部屋でぼくのベッドの上のようだ。


 ゴロゴロと寝返りを打つ内に、壁にたどり着いただけだったようだ。壁とは逆方向に寝返りを打つと、はて、と気にかかる。


 妙に身体が軽い。


 なんでだろうと、まだ寝こけている頭で考えてみる。ああ、そうかと思い、視線を下にやると案の定おもった通りだった。


 今日も今日とて、掛け布団が行方不明になっているじゃないか。捜索願いを出した方がいいのかなと悩む暇もなく、ベッドの横にくしゃりと落ちているのを発見する。


 ふぅむ、不思議なものだね。寝る前はいつもその手をけっして離すものかと、固い決意で手を取り合っているというのに。


 夜中にコッソリと妖怪でもやってきて、ぼくと布団の仲を引き裂いていくのかもしれなかった。毎日寄りそうようにしている仲睦まじいぼくらのことを、きっと心良く思ってはいない連中がいるのだろう。


 まったく、困ったものだねとすべてを妖怪のせいにしておくことにする。布団が消えちゃう本当の理由は未だに謎のままだ。


 この謎は、一生解ける気がしない。


 布団を回収してからあっさりとその手を離し、ベッドから離れる。かるく背すじを伸ばしながら両手をあげて、それからググーと天井に向かって伸びる。


 ああ、よく寝たなあ。


 ふうと一息ついた途端に、お腹がグーとなった。落ち着いたらお腹が減ってきた。ちらりと時計に目をやると、時刻は六時だと告げてくれている。


 すこし早いけど、いいくらいの時間か。もうすっかり目も冴えていた。起きようかと、パジャマのままでリビングに向かう。すると、香ばしい香りがぼくを襲った。


 芳しい香りにクンクン鼻をひくつかせ、パチパチと焼けていく音を耳にして、これはウインナーだろうなと予想する。台所を覗いてみると、母さんが菜ばしを片手にウインナーをコロコロと炒めていた。


 パチンとウインナーが弾け、焼けたウインナーの香りが殊更に鼻を刺激してくる。卓上に目をやると卵焼きにサラダ、それと昨日の残りものがすでに並んでいた。


 ゴクリと喉が鳴る。もう腹ぺこだよ。


「あら、今日は早いのね。起きたのなら、これを運んでちょうだい」


 言いながら、お皿には焼けたばかりのウインナーが盛られていく。ご飯をよそったお茶碗も、トントントンとリズミカルに置かれていくじゃないか。


 味噌汁のお椀に手を伸ばしながら、

「はいはい、とっとと運ぶ、運ぶ」

 次々にぼくの仕事は積まれていく。


 母さんは朝から忙しなかった。


 ぼくは淡々と与えられた仕事をこなしながらも、おや、と首をかしげていた。これはおかしいな、たしか三文の得をすると聞いてたんだけど。早く起きたって、なんにも得なことなんてないじゃないか。


 すべてを運び終え、食卓を眺める。


 うむ、これは中々に壮観だ。とてもお腹の減ってくるラインナップになっている。おっと、いけないと出し忘れに気付いた。ウインナーを食べるのなら、ケチャップを忘れないようにしないといけないよね。


 ぼくはケチャップ派なんだ。


 冷蔵庫に手をかけると、

「ついでにこれも入れといて」

 と卵のパックを渡される。


 卵焼きに使った余りか。渡された卵のパックをしげしげと眺め。母さん、これはちょいとズボラじゃなかろうかなと物申す。


「これは卵パックごと冷やすの?」


「卵ケースに入れてくれてもいいのよ」


 おや、またもや仕事が増えてしまった。早起きって三文の損だったっけ?

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