第36話 食欲旺盛

 卵を片付け、ケチャップを持ち、いそいそと食卓へ向かう。よし、これで朝食の準備は整った。ようやくご飯にありつける。まるでそのタイミングを見計らったかのようにゆっくりと、父さんはあらわれた。


「おはよう。おっ、美味そうだな。なにか手伝おうか?」


 それは毎日聞くセリフだけれど、ぼくはまだ父さんが手伝っている姿をみたことがなかった。こういうのが三文の得なんだよな、と思いながら食卓につく。


「それじゃあ、いただきます」

 と、全員揃って食べはじめはするけれど、母さんは相も変わらず忙しなかった。


「あれを忘れてた」

 とか、

「まだあれ残ってたんじゃない?」

  とか、

「そうだ、お茶いれなきゃね」

 と、なんだかずっとバタバタしている。


 その一方で、父さんはのんびりと朝のニュースをチェックするのが日課となっていた。それは新聞をパラリと捲ってみたり、ニュース番組をちらりと見たりと様々だ。


 のほほんとしながら、

「空き巣が増えてるみたいだな。物騒な話だ、うちも気をつけないといけないなあ」

 なんて言ったりしている。


 それはぼくに言ってるのか、母さんに言ってるのか。はたまたひとり言だろうか。母さんはバタバタと、いたり、いなかったりするのでぼくが返事をする羽目になる。


「そうだね、こわいねえ」

 と、箸を動かす。


 卵焼きをパクつき、あら、だし巻きだよと驚きながらも考える。空き巣か、と。


 空き巣にはちょっとした謎というか、疑問があるんだよね。空き巣がもてはやされることはないけれど、こと怪盗となると、話が変わってくるのは何故なんだろう。


 ぼく自身、怪盗にはすこし心がときめく。キッドに、ルパンに、ねずみ小僧。おや、最後は義賊だったかな。まあいいや。


 ふと疑問に思ったりもするけれど、

「いまはそんなことよりも目の前のウインナーに集中するんだ」

 と、ぼくのお腹が命令してくるのだからしかたがない。


 パキッと歯ざわりの良いウインナーにちょいとケチャップをつけるだけで、お茶碗二杯はいけてしまうのだから困ったものだよ。そこにだし巻き卵も控えているというのだから、心強いことこの上ない。


 盤石の布陣だった。


 最近どうも異常に食欲があるんだよね。朝昼晩のご飯に、おやつも食べる。塾に行くのはパンをかじってからだし、帰宅してからは軽いものをすこしつまむ。


 それなのに大して太ったわけでもない。蓄えたエネルギーは、いったいどこにいっちゃうのやら。それこそ、怪盗にでも盗まれているんじゃないかと思えてくる。


 そんな事を不思議がって口にしてみた。


 母さんは、

「若い子はいいわねえ」

 と羨んで、父さんは、

「いまだけのチートタイムだ」

 と言ってワハハと笑う。


 チートタイムとは、ちと非道い。


 せめて、成長期だと言ってほしいところではある。めだった変化は特にないから、成長しているかは怪しいところだけど。


 いや。目には見えていないだけで、きっと体の中では刻一刻と成長しているにちがいないんだ。ぼくが気付いてないだけだ。


 ただ、成長は正しいところで終わりを迎えてほしいかなとも思うけど。いまだに成長をつづけている、父さんのふっくらとしたお腹をちらりと盗み見る。


 それは成長というのか、それとも変化というのか。ぼくもいつかはそんな風になってしまうのだろうかと想像してしまう。


 ブルリと身体が震えた。


 おそろしや、あんな変化にはならないことを切に願うとしようか。軽快に動いていた箸も、思わず動きが鈍くなってくる。


 しかしそんなことを考えている間にも、気付けばいつの間にかお茶碗が空っぽになっているじゃないか。おやおや、これは。


 どうやら怪盗のすばやい犯行のようだ。油断も隙もあったもんじゃないよ。


 まったくもう、──おかわり!

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