第30話 演奏の後

 いやぁあ、びっくりした。


 隣にいた謎の少女が音楽室を覗き、

「いやぁあ!」

 と叫び、走り去るから。


 耳元で急に叫ぶものだから、びっくりしてぼくが黒幕ですと白状する所だったよ。心臓はまだバクバクとしていて、耳なんかはキーンとした耳鳴りが残っている。


 まったく、困ったものだね。あの少女はホラーよりもホラーしてたんじゃないか。ぼくはそんな風だけど、他の二人はどんな様子かと窺ってみる。


 中原先輩もさっきの悲鳴にやられたか。顔色が優れないみたいだ。その綺麗な横顔はすっかりと色を失っているようだった。ものも言わず、たじろいでいる風に見える。


 まあ、無理もないだろう。


 さて、鬼柳ちゃんはどうした。ぐるりと首をまわすけれど、おや、姿がみえない。またどこかへと消えてしまったらしい。


 それとも謎の少女と逃げ帰ったのかな。ガクリと肩を落としかけると、音楽室の中からガサゴソと物音がした。覗いてみると鬼柳ちゃんは臆さず室内を物色していた。


 おや、いるじゃないの。


 どうやらお得意のワープをしていたか。怪談騒ぎを目にし、すぐ調査を始めるとは中々に驚かす。たいした度胸じゃないか。


 探偵はそうこなくっちゃ。そろりとぼくも入って先輩はどうするのかと眺めたら、恐れながらもしずしずと中にやってきた。


 鬼柳ちゃんは手早くパタパタと、ひとの隠れられそうな場所を調べていく。きっと怪談の犯人を探しているのだろう。


 音楽室の出入り口は前と後ろの二箇所。そして演奏が鳴り止むまでは、出入り口にぼくらがいた。どちらからも逃げだすようなひとはいなかった。


 そしてここ音楽室は三階にあった。窓からの逃走劇は少しばかり厳しいといえる。つまり奏者はまだ、音楽室の中にいることになる。そのはずではあるのだけれど。


 あら方を調べ終えたのか。鬼柳ちゃんはトコトコとぼくらの元へ戻ってきた。


「変ね。誰も、どこにもいないの」


 小首を傾げた。


 そしてほっぺに手をあて、

「これで、三回目の演奏が終わったのね」

 と呟く。


「もう、カウントダウン間近じゃないか。大変だ。噂通りだったら、次のピアノ演奏で恐ろしい事が起きちゃうよ」


 なんてね。ちゃんと怯えた様な声は出せていたかなと、ちょっぴり不安になる。


「恐ろしい事、起きるの?」

「さあ。そういう噂だからね」


 その噂を考えた人に訊いてみたらいい。それはつまりは、ぼくの事で。やっぱり、さあと答える事になりそうだけれど。


「ううん、違うの守屋くん。そうじゃなくってね。つぎの演奏は四回目なのかなって思ったの」


 おや、それはどういう意味だろう。


 くるりと向きを変え、

「先輩はここで練習しているんですよね。これまでにもこんな事はありましたか?」


 おっと、危ない。そうか、そうだった。他に演奏を聞いた人がいたかもしれない。そんな人がいないと知るのはぼくだけだ。


 先輩は力なく首を揺らし、答える。


「いや、こんなのは始めての事だよ。私は知らない。こんな……、こんな事は」


 ショックが大きいからか。先輩にしては歯切れの悪い返事をしている。


 少し肩も震えていた。


 それを恥としたのか、己を守るためか。これ以上震えさせないよう両手でしっかり抱え込み、抑えている。手首にかけた紐で吊ったカメラが、代わりにプラプラ揺れていた。

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