第31話 爆弾発言

 鬼柳ちゃんの大きな瞳が、右へ左へと。何をそんなに見ているのか。その瞳はある一点に集中しているようだった。


 先輩の持つカメラと同じに揺れる様は、猫がネコジャラシを狙っている時と同じ物を感じさせる。ニャア、と飛びかかりそうでハラハラしながら見守った。


 ニャア、とは鳴かず、

「先輩は、練習を撮影してるんですよね」

 と言った。


「ああ、そうだ」

 

 答える先輩はどこか気もそぞろだった。飛びかかられると恐れているんじゃない。恐れたのは別の事で、肩の震えはいまだに止まる気配がない。


 猫、いや。鬼柳ちゃんはカメラのレンズをのぞき込んだ。


「今までの練習の様子も、この中に撮ってあるんですか?」

 

 カメラに興味津々、といったご様子だ。ふぅん。慧眼、慧眼。これはいい所に注目する物だった。此度の謎のキーポイントはまさに、そこにある。


 小さくピョコピョコ覗き込む姿に、先輩も小さく息をつく。肩の力が抜けたのか。


「ああ、これか。この中にはまだ何も入っていないんだ。いつもの物が。その……、見つからなくてね。これは代用品よ」


「そうですか」


 肩を落とす。練習風景を見たかったのか? すると大きな瞳がきょろりと動いて、急にこちらを向いた。


「ねえ、守屋くんは知ってる? このピアノの怪談話は最近、詳しくなったの」


 ああ、うん。知っている。というかぼくが追加したんだよ、と言えるわけもなく。腕を組み、首を傾げ、名相槌で返す。


「詳しくなったって、どういうこと?」


 記憶を探るかの様に指でトントンと額を叩きながら、その詳しくを説明し始める。


「前はね、月光が聞こえるだけだったの。それがね。ニ回目の演奏で呪われちゃって。三回目の演奏では体調を崩すの。四回目は死んじゃうんだって」


 ふんふんと聞いていたら、ずっこけそうになった。知らない噂が追加されていた。あんなにも可愛かった噂に尾が生え、ひれも生えて、まるでキメラと化していた。


 ああ、なんて姿になってしまったんだい。と嘆くも、噂なんて物はまあ、元々そんな物だったかなと思い直す。


 気付けば、鬼柳ちゃんがすぐ目の前まできていた。眼をらんらんと輝かせている。


「これで守屋くんは一回目、三回目の演奏を聞いたわけだけど。どう? 呪われてる? 体調は崩れてきたの?」


 呪われていないかと身を案じてくれる。なんだ優しいじゃないか。笑顔なのが少し気になるけども。


「大丈夫。……だと思います」


「そう」


 淋しげに下を向いたあと、鬼柳ちゃんは静かにそっと両の瞳を閉じた。そういえば以前もそんな事をしていたな。考える時にする、彼女の癖なのかもしれない。

  

 パッと目を見開き、言う。


「先輩、友達いませんよね」


 思わぬ爆弾発言をぶち込んだ。パカリと開いた口が塞がらない。先輩も突然の暴言に驚いているようだった。鬼柳ちゃんは、あっと声を出してペコリと頭を下げた。


「ごめんなさい。あのぅ……、その……。考え出すと盛り上がっちゃう性質でして。先輩は、少し……、お友達が少なめ……、ですよね?」


 あまり変わってなくないか、それ。


 推理に乗り気じゃない理由はこれなのかもしれない。先輩の顔色を恐る恐る窺う。目が合いドキリとするも、首を振った。


「そうだな。多いとは言えないか。練習で一人になる事がほとんどだ」


 どうやらそんなに怒ってはいないようだ。内心、ホッとしながら訊いた。


「その推理の根拠は、何なのかな」


「女の勘よ。いい、守屋くん。美人はね、良く妬まれるの。私もそれで困ってるの」


 胸を張って言い切る。凄いな、この娘。

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