第29話 冒険者達

 昼休みを待ち、みんな揃ってゾロゾロと中原先輩のいる教室へ向かうことにした。ぼくが先頭を歩き、続いて鬼柳ちゃん、後には少女──。


 おや、まだ名前を訊いていなかったや。そう、謎の少女が縦に並んで進む。


 某ゲームでの三人パーティーな歩き姿にうっかり楽しくなる。直角に曲がればどうかと悩む間に、ザッザッザッと三階へ着いてしまった。


 ざんねん。


 三階は少し緊張する。いったいどうしてなのか。同じ校内で、階数が違うという、ただそれだけなのに異質なものに思える。


 異質に思うのは向こうサイドも同じで、周囲の視線が突き刺してくるのを感じる。これはさながら監視システムじゃないか。侵入者を見逃すまいとフル稼働していた。


 視線をかいくぐって廊下を進み、やがて目的の教室をみつける。エンカウントせずにたどり着けて何よりだった。教室の中をそっと覗いてみるけれど、目の届く範囲に中原先輩の姿は見えなかった。


 さて、どうしようかね。


 誰かに呼んでもらおうと思ったその時、背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。


「何をやっているんだ、君は」


 はて、この声は。たしか。


 ふり返ったら、中原先輩が立っていた。教室の入り口に並ぶぼくらを怪訝な面持ちで見ている。ぼくは動揺を悟られぬようにとあわてて手を差し出す。


「──ええ、こちらが中原先輩です。そしてこちらが鬼に柳の、鬼柳さんです」


 いやあ、予定が狂っちゃった。なんとも締まりのない引き合わせになった物だ。


「こんにちは」


 二人は挨拶を交わす。そして片側はきろりとぼくを睨んだ。おや、なぜだ。素知らぬ顔でやりすごす。


「それで、君たちは私になにか用かな」


「それがこの鬼柳ちゃんがですね。先輩に話を聞きたいらしいんですよ」


 スッと先輩の目元が動いた。その視線にあてられたのか、それとも周りからの視線に耐えかねたのか。謎の少女は鬼柳ちゃんの小さな背中に身を隠した。


 ちょっと騒ぎすぎたかな。


 さっきより監視システムの視線が冷たい気がした。もしくは嫉妬の目か。中原先輩に近付くぼくを、よく思わない連中がいたのかもしれない。


 それらを目にしていた先輩が提案する。


「すまないな。私はこれから音楽室に行く所だったんだ。話はそこでしようか」

 

 じゃあそうしましょうか、と相なった。音楽室の方が人通りは少なく、静かで話もしやすそうに思う。それにその方がぼくにとっても好都合である。


「少し待っていてくれないか」

 そう言って先輩は席に小走りで向かい、カバンからカメラを取り出してきた。


 撮影用の物か。


「待たせた。それでは向かうとしようか」


 先輩も加わり、四人パーティーで音楽室へと向かう。先頭は先輩が務める事になる。哀れぼくは、勇者役を降板したようなので最後尾についた。


 先頭を歩く先輩の足が、音楽室を目前にしてはたと止まった。急に足を止めるものだから、謎の少女は鬼柳ちゃんの背と衝突したくらいだ。


 ぼくもゆるゆると足を止め、後ろを向く先輩に目を向けた。


「どうかしたんですか」


 先輩はひと差し指を立てて口元にそっと当てる。長い髪がさらりと流れた。


「しっ」

 

 促されるまま、自然と耳をそばだてる。耳に届いたのは弱々しくもあり、力強くもある、静かで不気味なあの旋律だった。


 月光だ。


 互いに顔を見やった。誰も声を発さず、手ぶりで音楽室のドアを指差す。恐る恐る先輩がドアを開けてみると、とたんに演奏は鳴り止んでしまった。


 中を覗いてみたが、誰の姿もなかった。


「いやぁあ!」

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