第26話 設定と真実

 小柄な彼女は、椅子に座るぼくと目線が丁度おんなじ高さ。丸みを帯びたショートボブがふわりと揺れるほど勢いよく、目の前へ詰めよってきた。


 そして大きな瞳で捉えてくる。あの時みせた物と同じ、力強い光を帯びさせて。


「やあ、きみは」

 ようやく現れた鬼柳みゆと爽やかな挨拶を交わそうと試みる。


「あの時の、パンツの君じゃないか」


 ──遅かったね。


 と思うのも束の間、蹴飛ばされていた。まったく、久々の再開だというのに随分とつれないじゃないか。相も変わらず野蛮なものだった。普段はそうでもないくせに。


 不思議なものだよ。


「そうだった、鬼柳ちゃんだったね」


 苦笑いしたら、ぷりぷりとした面持ちで睨んでくる。でもそんな事をして、じゃれて遊んでいる暇はなかった。何といったって、今回の謎は制限時間付きなのだから。


 なるべく急がせないと、だ。


 緩む口元に、不信感を募らせているようだ。前のめりに小さくなる彼女の背後に、もう一人の少女の姿があった。


 鬼柳ちゃんよりは背があり、髪を一つに結んだ少女は視線に気付いたのだろうか。オドオドとしながらも、控えめにぺこりと頭を下げた。


 こちらも会釈で返す。


 まるでその少女を視線から守るように、鬼柳ちゃんは間に立ちはだかった。ぼくをいったいなんだと思っているのだろう。


「あのね、聞いたよ。守屋くん。音楽室の怪談を実際に見たんでしょ?  その時の事をくわしく教えて欲しいの」


 うんうんと、満足気に頷きそうになる。やる気になってくれて何よりだ。計画通りとニヤつきたくなる。そこにいる彼女の友達を、ニ回目の演奏の目撃者に仕立てたのはどうやら正解だったらしい。


 何度も連れていかれたトイレで相談でも受けたのか、断れなかったな。理由があれば動けるタイプなのかもしれない。


「うん、いいよ。話そうか」


 設定と真実。ヒントに嘘。見せる物と、見せれない物。ちぐはぐになったりしないよう気を付けながら、説明するとしよう。


 それじゃあ、お聞き願おうかな。徐ろに胸に手を当て、慇懃な礼をしたつもりで話を始めよう。開演ブザーが鳴らないのが、残念でならないけれど。


「ぼくはあの日。授業が終ってから帰る前に音楽室に向かったんだよ。目的はそう、ピアノ演奏さ。中原先輩は知ってるかい」


「中原紗奈さんのことよね。そういえば、朝礼で言ってたっけ。コンクールの出場が決まったのよね」


 ふぅん。面白い娘だ、と頷く。

 

 まさか、ちゃんと朝礼に集中する生徒が存在したとは、夢にも思わなかった事だ。人の名前がフルネームで、パッと出るのも単純にすごいと思える。


 もしかして同学年だけじゃなく、全学年の名前を覚えているのだろうか。ぼくなんかは、そこにいる鬼柳ちゃんの友達の名前も知らないというのに。


 ちらりと視線をやったら、その子と目があったのでニコリと笑む。するとふたたび鬼柳ちゃんが覆い隠してしまった。


 ふぅむ、徹底してるなと苦く笑い、息をついて気を取り直す。


「そう、その中原先輩だよ。コンクールの日取りが近いらしくてね。音楽室を借りてピアノの練習をしているんだ」


「それを邪魔しに行ったの?」

 

 おどろいた顔をされる。


「とんでもない、のぞきに行ったんだよ」


 それを邪魔と呼ぶかは、預かり知る所じゃないけれど。ちょっぴり鋭くなった視線を気にせず続ける。


「でもその日は運が悪く、録画機器が手元にないらしくてね。残念ながらピアノの練習は中止になってしまったわけさ」


「ん?」

 小さく首を傾げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る