第25話 目撃者A
ヒソヒソと、実しやかに噂は伝播する。その広まり方は以下の計算式で求める事が可能だったりする。
即ちそれは、速さ×時間。
速さはおしゃべりな人数の自乗、かな。この学校には少しおしゃべりな人が多いのかもしれない。噂はあっという間に広まりぐるりと巡る。もう周りのクラスまでやってきているようだった。
始まりはここだと知らずに、ね。
ぼくは机に突っ伏し、にやける口もとを隠す為に寝たふり。そしてこっそりと聞き耳を立て専念する。
「なあ、だれもいない音楽室からピアノの演奏が聞こえてくるんだってよ」
「なんだよそれ、前にも聞いたぞ」
そう、元から流れていた噂をそのままの形で再利用させてもらうことにしたのだ。それは追い出すよりも簡単だし、手っ取り早い。伝わり方も早まった。
「まあ、最後まで聞けよ。演奏しているのはコンクール出場を前に無念の死を遂げたピアニストらしい。命をかけて練習して、志半ばで亡くなったんだとよ」
「へえ、それで?」
「まだ死んだことに気付いてないんだよ。終わる事のない練習をしてるって話だ。もうそれは呪いの曲になっちまったんだ。その演奏を四回、聞いたら──」
「聞いたら?」
間をあけ、ひそめた声がした。
「死んじゃうんだってよ」
「なんだよそれ」
わははと笑い声がする。
この手の噂のあるある話。演奏を聞いたという人は、まず名乗り出てきやしない。知り合いの知り合いから聞いたという身元不明者の体験談で終わることが多かった。
だけど、今回は終わらせない。
「いやいや、マジだって。ちゃんと聞いた奴がいるらしいんだってば」
「まじ? 誰だよそんなホラ話する奴」
「それがさ」
短く言葉を切り、やにわに静かになる。チクチクと背に視線を感じるようだった。
「それがさ。井上先生と、……ニ年の守屋だって言うんだよ」
「守屋って、そこの守屋?」
どうも。ご紹介に預かりました、そこの守屋です。とはさすがに言いやしないけど。まあ、それはぼくの事で間違いなかった。
目撃者として参加するのは正直迷った。ちょっとは不本意でもある。でもそうでもしなきゃ、鬼柳みゆの推理を拝めないっていうのなら。仕方ない、必要経費だった。
出処のあやふやな噂に、今回はしっかりと目撃者を登場させることにした。ただの噂話だと、流されでもしたらかなわない。
そして目撃者は、二人いる。
勘違いだ、と無視することもできない。しかも目撃者の一人は、先生ときている。噂の信憑性はグイッと、グイッと上がったに違いなかった。
背中に視線を集めながら感心していた。おしゃべりな友人というのは本当に心強いものだ。うまい具合に噂を広めてくれる。
小林くんがひと晩でやってくれました、だ。
でもやっぱりと言うべきか。ある程度はそうなるかもと予見はしていた。噂は順調に広まり、隣のクラスにも当然その噂話は届いてるはずだった。なのに肝心要の鬼柳みゆに、目立った動きがまるでない。
彼女はいつも通りに何度もトイレに付き添い、そこにいたと思えばワープするかのように消えているだけだった。
まあいい。こうなっても構わないように、次の手はもう打ってある。その優しい断りきれない性格じゃあ、きみは謎と向き合うしかないはずだ。
高笑いしたくなったのをぐっと堪えて、くつくつと不敵な笑みを浮かべる。
「なあ。守屋、なんか揺れてね?」
「いま、呪われてる途中なんじゃね?」
背後から声がしていた。
翌朝。ゆるゆると登校をすませて自分の席につくと、ほどなくしてぼくの前に立つ影があった。
やや前のめりに、
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
そう話すのは、鬼柳みゆだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます