第27話 推理開始

 鬼柳ちゃんは身を乗りだし、その大きな瞳を少し近付けてくる。


「先輩は、練習風景を録画してるの?」


「うん、そうみたいだね。動きのチェックをするのに使ったりするらしいよ。いつもはひとりで練習してるみたいだったから、きっと必要なんだろうね」


「ふーん、そうなの。守屋くんが邪魔しないときはひとりで練習してるのね」


 ひとり、うんうんと頷いている。


 なかなかに感情表現豊かな動きをする。まあ、探偵に必要な事と思わないけれど。むしろ、もっとドッシリ構え不敵に笑っていてほしいものだ。


 代わりにとばかり、ぼくがほほ笑むことで帳尻を合わせておく。


「そういう理由で先輩は去っていったよ。ぼくも帰ろうかなとは思ったんだけどね。せっかくはるばる音楽室まで来たから、色々と室内を見回ってから帰宅したんだ」


「守屋くんは暇なの?」


 ハハ、と苦笑。


「ただ、帰ってきてからびっくりしたよ。なんと、カバンを音楽室に忘れてきたんだからね」


「わあ」

 大きく口を開けておどろき、首を傾げてから出てきた言葉は、

「守屋くんはドジなの?」

 だった。


 くそう、辛辣な事を言ってくれる物だ。これは理由付けに過ぎなかった。何も本当に忘れていったわけじゃない。そこまでのドジじゃないはずだ。たぶん。


「時刻はもう夕方だったかな。取りに行くのは明日でもいいかと思いもしたけどね。そうはいかなかったんだ」


「どうして?」


 まるっとした瞳が興味津々に覗き込む。


「鞄の中に大事な物が入っていたからね。結局、取りに向かうことにしたんだ」


 ふーんと唸り、

「なにが入ってたの?」

 と訊いてくる。


 おや、それも訊いてくるのかい。


 はたと考え、

「男には夢と希望の詰まった、女には悪夢と失望が詰まったものさ」

 と答えてみる。


「ああ……」


 うなだれるような声と共に、その瞳から光がスッと消えた。いったい何を想像したのだろう。あとでこっそり聞いてみようかなと思う。ちょっと楽しみだ。


 蹴飛ばされなきゃいいけど。


「学校についた頃にはすっかり暗くなっていてね。校門はまだ開いていたけど、校舎の入り口は残念ながらもう閉まっていた」


「あきらめた──、訳ないよね?」


 うん、と力強く頷く。その時間を狙ってぼくは訪れたのだから。


「簡単に諦めたりするもんか。何としても、カバンの中身を死守しなきゃいけなかったんだから」


 おや、大きな瞳がジト目へと変わった。そこには触れず、話をつづけていく。


「職員室に光が灯っているのはみえていたからね。外から訪ねる事にしたんだ。先生に事情を話してから、いっしょに音楽室へ向かうことになったんだ」


 そこで良い事を思いつき、怪談話っぽくトーンを低くして語りはじめる。


「そういうのは良いから」

 バッサリと切られてしまった。


 ちぇ。なんだい、つれないね。


「ほとんど教室の電気が落とされた中を、薄暗くなった廊下を行くんだ。懐中電灯を片手に持ってね」


 手振りで辺りを照らしてみせる。


「音に気付いたのは井上先生だったかな。前を歩く先生が、『何か聞こえないか』って言うんだよ」


 ピアノを弾くように、両の手の指を動かしてみせる。


「音楽室が近付くにつれ、ハッキリと聞こえてきたよ。ピアノの演奏がね」


 少し離れていた鬼柳ちゃんの友だちが、ひっそりと肩を抱くのを目の端で捉える。彼女も思い出しているのかもしれない。


「先輩に聴かせてもらったばかりだったからさ。ぼくはそれだとすぐに分かったよ。あれはまちがいなく、『月光』だった」


 これがオチだ、とばかりに声を潜める。今度は止められはしなかった。


「先生がドアを開けるまで、ずっと演奏は続いていた。でも中には誰もいなかった。電気もついてなかったよ」

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