第18話 自動演奏
さまざまな噂が流れているようだった。そして凄いなあと感心する。よくもまあ、これだけの噂をかき集めてくれたものだ。小林くんに感謝と、一礼。
「あとはそうだな、ああ」
ほかにもなにか思い出したようだった。しかし、どこか苦々しい顔。
「なんつうの、如何にもな奴もあってさ。でもさすがにな」
「うん? 妙にもったいぶるね」
まるでエイプリルフール当日の噓のような、面白いことをしますと言ってからやりはじめた芸のような、そんな照れ臭さを滲ませながら小林くんは話した。
「だれもいないはずの音楽室から、ピアノの演奏が聞こえるんだってさ」
キョトンとしてしまった。
その話は、誰もが一度は聞いた事のあるような噂話だった。見たこともないのに、どこか懐かしささえ感じるほどのあまりにも古典的なもの。
「ふぅん、その近くでさ。人体模型が走り回ってたりはしないかな?」
もしいたなら、そいつの演奏だと思う。口元を緩ませながらの問いに返事はなく、呆れられながら返される。
「俺が言ったんじゃねえよ」
「だろうね」
と笑って返す。
噂の主はきっと、例の友達の友達だろう。そしてぼくは密かに首を傾げる。その人はどうしてこんな笑っちゃう、見え見えな噂話を流したのか、と。
何も学校の怪談をバカにする気はない。
あれはあれで意味や意図があり、必要に駆られての物だから。だけど、物によっては少し、今の時代にはそぐわないんじゃないかなとも思う。
時代は令和。
ひとは科学の力で宇宙にだって行ける。そろそろ、怪談も科学武装しなきゃダメだ。
それはビデオに封じられた白装束の人がブルーレイに対応したり、チェーンソーを振りまわす怪人が宇宙に旅立つように。
なにせ自動演奏可能なピアノが発売されているのだから。奏者なしのピアノが怪談話としてやっていくのはちょっぴり厳しい。お役御免、と言える。
長年おつかれさまでした、だ。
それなら、人体模型がピアノを弾く方がまだ現実味があると思う。おや、やっぱりいいな。単なる思いつきにしては悪くない考えだった。
人体模型に扮してピアノを弾くのも面白いと思ったけど、すぐに考えを打ち消した。そういえば、ぼくは音楽に疎かったんだ。
だれかに聴かせる腕がなかった。もしもピアノが弾けたら、やれる事もあったのになと悔やんで止まない。
ため息で肩を落とすぼくを、小林くんは不思議そうに眺めていた。その他もいくつかの噂話を教わり、小林くんは喉が乾いたのか購買に行くという。それじゃあぼくは散歩でも行こうかなと、その場で別れた。
ひとり廊下を行く。
使い古しの噂に惹かれたわけじゃない。なのに、足は自然と音楽室へと向かった。
なぜだろう。
もちろん、人体模型での演奏案を真剣に考えだしたわけじゃない。ましてやピアノの練習に向かうわけでも。しいて言うなら、古典的な怪談を引っぱりだしたその理由が気になったからだ。
教室から音楽室はそこそこ距離がある。まあ、食後の運動にはもってこいだった。
それにもうひとつ。
ピアノと聞いて頭をよぎるのは中原紗奈の姿だった。あの凛として佇む姿が浮かぶ。あれからも少し、彼女が気になっていた。
まさか惚れたわけでもあるまいにと自嘲している間に、音楽室は見えてきた。
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