第9話 犯人ならどうする
木陰からこそりと抜けだし、音を立てないよう足音にも注意を払い、じわり、じわり、男と距離を詰めていく。
本当は、ぼくも嫌なんだ。だれも好んで触りたくはない。でも、思いついちゃったからにはしかたがない。なあに、証拠隠滅のついでじゃないかと自ら慰める。
悟られないように忍び寄り、男に手が届きそうな所であの子と目が合う。クワッと瞳が開いたので、人さし指をそっと口の前に立て、ジェスチャーしてみせる。
男の背後から声をかけた。
「それじゃあ、身体検査しますね」
おどろいたのか、男はビクリと怯んだ。身を強ばらせた。うん、それでこそだ。こっそり近付いた甲斐もあろうかというもの。
その隙に、男の後ろポケットへ手を突っ込む。手にはささやかな謎を握ってある。ぼくの手は、ひとよりもちょっと大きい。
それこそ、ささやかな謎、多少の嘘。ひと握りの真実、を覆い隠すほどの大きさがあった。
だから、ぼくのポケットに入りっぱなしになっていたパンツを握り込み、隠し持つことくらいは造作もない。
マジックの世界ではこの技術を、パームと呼ぶらしいけれど。パンツをパームしたひとはどれくらいいるのだろう。ひょっとしたら、ぼくだけだったりして。
「おや。これは、なんですか」
言いながら、手に忍ばせていたパンツを、さも男のポケットから取り出したかのようにしてみせる。
あれ、不思議。なにもないところから、隠したはずの盗難物が出てきた。ぼくは驚いた風な顔をして、男にもよくわかるようにパンツを広げてみせる。
男越しに、あの子とまた目があう。パンツを目にした彼女の瞳は、すこしばかり揺れたように思えた。
突然のことに動転した男は、まじまじとぼくとパンツを見つめ、あわてた様子で取り繕おうと、虚勢を張った。
「あ? なんだお前、急に。なんだそんなパンツ。俺は知らねーよ」
そうは言いつつ、男には心当りがあったのだろう。首をひねり、視線をあらぬ方向へとすばやく走らせたあと、ようやくこちらへ返ってきた。
すこし落ち着いたのか。男は眉間にシワを寄せ、態勢を低くかがめ、すこし下側から、いたいけであるぼくをぎろりと睨めあげる。
やだなあ。怖いなあ、もう。僕はただ、落とし物を届けただけなのに。ちらりとあの子に目を配せた。
別に助けを求めたわけじゃない。盗品を目にした彼女が、ここいらで男に飛びかからないかなと、予想しての行動だった。
けど、そうはならなかった。
彼女は、男とは別方向に、バッと駆けだした。向かったのは、男が視線を走らせたあちらの方向。
それは、もし彼女が男に飛びかかれば、ぼくが向かおうとした場所でもあった。
へえ、やっぱりね、と感心する。
ぼくの手に収まるほどのささやかな謎ではあったけれど。彼女、あの一瞬で、ちゃんと推理をしてるじゃないか。
男は盗難物を隠したからこそ、余裕を持って彼女と対峙していた。証拠がないから濡れ衣だとまで、豪語するほどに。
だから、近くにあると思っていた。
せっかくの戦利品だ。野良犬や、どこぞの馬の骨が拾うような場所には隠さない。しかも、彼女に追われながらの話だった。凝った場所に隠すような時間は取れない。とっさで、近場に、隠されている。
それは目の届く範囲であり、男の安心できる距離でもあった。そしてそんな近くに隠しているとき、急にその盗難物を見せられたとしたら。
犯人ならどうするだろう。
きっと動揺を見せる。隠したはずなのに、と。瞬間、とっさに目で隠し場所を追うのは、きっと本能に近しい反応じゃないかなと思う。
たとえそれが、相手に隠し場所を教える事態になってしまったとしても。
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