第7話 推理なんてしない

 とくに走りはしない。気持ち、早歩きくらいのスピードであとを追いかけていく。これはべつに自慢じゃないけれど、ぼくは持久力にも自信がない。


 おや、これは本当に。まったく自慢になっていなかった。だれに聞かせるでもなくため息をつき、両の手に視線を落とす。


 おまけにもうひとつため息がでる。悲しいかな、ぼくは長年の暮らしで気付いてしまった。この体は運動に向かないということに。


 本人の努力に寄る部分が大きいけれど、その本人が中々やる気をださないのだからしかたがない。


 運動での活躍は早々にあきらめた。もっとほかに目を向けたほうが、いくらかは建設的になれるというものだった。


 どこか他人ごとに思いながら、ゆるゆると闊歩していく。なあに、急ぐ必要はない。そろそろ、姿がみえてもいい頃合いだ。


 下着どろぼうは足を痛めていた。引きずりながら逃げた所で、そう遠くまで行けやしない。


 対して彼女は足が速かった。すぐに追いついたと思う。だからそんなには離れられないはずだった。十分、歩きでも追いつける。


 問題は、その先だ。


 はて、追いついた彼女は下着どろぼうを前にどうするのか。だまって尾行し、隠れ家を発見しては、警察当局に通報する。なんて、大人な対応をとるとは思えない。


 そんな人間は、ベランダから飛び降りては来ないものだ。


 きろりと鋭く、怒気を秘めた瞳。あの瞳にみつめられると、ドキドキしちゃうのは身をもって体験済みだった。


 いつ飛びかかるのかと、冷や冷やした。 


 たぶん、あの子は自ら解決する気だ。本能のまま飛びついて、取っ組み合いになってなければいいけれど。もしそうだったら。


 引き返そうかな。


 謀略なら賛成だけど、暴力には反対だ。痛いのはあまり好きじゃない。さてさて、どうなっていることやら。


 自慢じゃないけれど、ぼくの予想はよく当たる。いや、これは自慢だったか。でもあくまでも予想で、推理なんかじゃない。


 ぼくは推理なんてしやしない。そんなものは探偵がやればいいことだ。


 きょろりと辺りを見回す。小さかったから見落とさないようにしないと。しかしまあ、さすがは住宅街か。街路樹がある以外にはなにもなく、あとは茂みが少々、と。平々凡々な造りに迷子になりそうだった。


 おっと人影、みつけた。ほらね。


 いくばくも歩かずに、ふたりの姿が見える。どうやら引き返さなくて済みそうだ。ちょっと意外か。彼女と男はにらみ合い、対峙していた。


 だけど、様子がおかしい。妙な違和感は男にあった。下着どろぼうである男が、堂々と振る舞うのは如何なものだろう。


 平身低頭して、地面にキスしてな。とは僕は言わないけれど。もうすこし犯行がバレた犯人らしく、しおらしい所を見せてもいいとは思う。


 ふぅん、なにがあった。


 このまま前に出ていって、なにがあったのかと訊いてもいいけれど。


「何だ、お前。すっこんでろ」

「何? あなたも仲間なの?」

と、巻き込まれてもつまらない。


 暴力さわぎじゃ、役に立つこともなさそうだし。このままこっそり、街路樹に隠れていようかな。


 まずは、様子を伺ってからにしよう。

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