第6話 探偵じゃあるまいし

 きっかけは、とある音が耳に届いたからだった。それはピーチクパーチクと。


 小鳥の囀りだ。


 そう、あの時ぼくは小鳥を眺めていた。あいつらは人の気も知らず呑気にピーチクパーチクとやっていたじゃないか。


 ベランダを目にしていたということだ。でも男の姿を見た覚えはなかった。あんなにでかい物がぶら下がっていたら、いくらなんでも見逃したりしない。


 つまり、小鳥を見たのは男がやってくる前という事になる。そしてぼくが目を離した隙に男の犯行がはじまった。


 時間にして、ほんの二分ほど前の事だ。少なくともぼくがくる前から犯行に及んでいたわけではなさそうだった。


 そして男はあわてた様子でベランダから逃げだした。おそらく彼女にみつかったのだろう。男が逃げ出し、彼女もすぐに空から舞い降りてきた。


 あの気性だ。黙ってみていた訳がない。即断、即決。みつけた瞬間にはもう行動に移していたことだろう。


 靴を履いていた。玄関に取りにいっても、一分あったかどうか。そして彼女はぼくを見てそれなりに驚いていたように思えた。


 どうして驚いたのか?


 知らなかったからだ。知っていたら驚く必要はないはずだもの。下に人がいると、彼女も思っていなかったんだ。


 ぼくの姿が見えなかったのか、もしくはじっくりと見る時間が取れなかったのか。どちらにせよ、男の行き先を尋ねるほどに階下の様子は知らなかった。


 なのに彼女は、

「男はどっちにいったの」

 と尋ねてきた。


 そこが疑問だ。


 なぜぼくが事情を把握していると知っていたのか。ベランダを見上げる通行人は、さほどいやしないと思うのだけれど。


 他人のベランダを覗こうとする人なんて、怪盗を探すロマンチストか、下着どろぼうくらいなものだろう。


 たまたまロマンチストなぼくだったからよかったものの。実際はただの通行人で、犯行はおろか、男の姿を知らない可能性の方が高かったのに。


 偶然訊いてきただけなのか。それとも、ここまでの事を筋立てて、推理したとか。


 あの瞬くような、一瞬で? 

 

「まさかね」

 

 荒唐無稽な考えすぎて声に出していた。渇いた笑いもハハハとこぼれ落ちてくる。そんな、そんな、まさか、まさかね、と。そんな事のできるひとは限られてくる。


 探偵じゃあるまいし。


 探偵を求めるあまり、偏った考えをしたに違いない。それは枯れ尾花を幽霊とみるが如く、ただの偶然を奇跡と呼ぶように。


 都合の良い見方、考え方で。そこにある現実をねじまげていたのだろうか。それはよくない。うん、よくないや。


 ただ、万にひとつという事もあるから。確かめないわけにもいくまいて。でもぼくは期待なんてしない。期待してよかった事なんて、今まで何にもなかったのだから。


 ちらと左手に視線をやった。


 ずっとスマホを握りしめていた左手だ。表示されていたのは、電話のコール画面。関わり合いになる事を避けた節もあった。後ろめたい事なんて何ひとつない身だけど、なかなか発信ボタンを押せずにいた。


 彼女が推理の足しにしたかのもしれない110のコール画面をスイッと消した。ほんの少し興味が湧いてきた。二人の後を追ってみるとしようかな。

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