第5話 犯人はあっち
女の子は訊く。
「男はどこへ行ったの」
鋭くも、力強い声。
視線はただ、じっとまっすぐ。瞬きするのを忘れてるよと思うほど、刺し貫いてくる。きろりと鋭さは増していく。
切羽詰まった想いがひしひしと伝わる。その必死さは、なにも後ろめたいことのないぼくでさえも、後ずさんでしまうほどのものだった。
「ぼくも男だよ」
なんて答えたら、噛みつかれるかな。
そんな勇気は持てそうにない。視線を外してくれないので、おとなしく下着どろぼうが逃げた方向を指さして教えてあげる事にした。
うっかり、パンツを握りしめている方の手を出しそうになっちゃったから、背すじにひやりと冷たいものが走った。
あぶない、あぶない。あわてて指をさす手を変えたけど、さあ、どうかな。不自然じゃなかったかいなと様子をうかがうと、大きな瞳がサッとぼくを上から下まで見透した。緊張の一瞬。
「そう、ありがと」
言うが早いか。礼もそこそこに、ショートボブの髪を揺らしながら駆け出していた。見る見るうちに小さくなっていく。
あっという間に走り去る、あのスピード。ぼくがどうあがいても逃げきれなかっただろう。
もし混乱して、パンツ片手に逃走していたら、とっくにぼくは捕まっていたろうなと思う。どうやら判断は正しかったなと、胸をなでおろした。
まったく、流石のぼくだった。よっ、この、名判断。うんうんと自画自賛し、うなずいた所でぽりぽり頭をかく。
さあて、どうするかな。
下着どろぼうは足を引きずっていた。あの調子なら、走って追いつくのも時間の問題にちがいない。とても逃げきれやしないはずだ。
加えて彼女のあの鋭くつき刺すような視線。いまにも飛びかかりそうだった攻撃的な姿勢。そうやすやすと逃しも、やられもしないと思う。
なら、出る幕はないな。放っておいて大丈夫だろう。それになにより、ぼくはケンカにめっぽう弱いのだ。
それに、ここから離れるなら、今は絶好のチャンスにほかならなかった。
ふたりが走り去った方をもう一度眺め、彼女の姿が小さくなるのを確認する。なにはなくとも小さかったけどね。ひとり、ニヤリとしておく。
ゆっくり、反対方向へ歩き出す。
あの男みたいに、ドタバタとして逃げるのは良くないやね。どうにも様にならない。黒幕を志す者としては、もっとこうさ。どっしりと、全てを見透した上で、ニヒルにほほ笑みながらだ。そしてクールに去っていきたいものじゃないか。
格好をつけたわけじゃないけれど、ポケットに手をやりながら、黒幕よろしく、クールに去ろうとした。
手に柔らかい感触が伝わる。
おっと、忘れ物だ。ポケットにあるパンツを思い出した。これ、どうしよう。彼女の物なのか?
ふわりと舞い降りたのを思い返し、ベランダを見上げてみる。
ふぅん、あそこから飛び降りたのか。それはそれは、なかなかの勇気と運動神経だった。とても真似できない芸当だ。ぼくなら、骨折するのが関の山か。
目に焼き付きでもしたのか。きろりとぼくを見つめる、もとい、睨む姿が脳裏に浮かんだ。見た目はまるで小学生だったけれど、言動はそんなに幼いとは思わなかった。
いくつくらいの子だろう。案外、年も近かったりするのか。
じつは同い年だと言われたら、ううんと悩んでひと晩も過ぎれば、一応の納得は出来る姿形だったような。そんな気がしなくも、なくも、ないような。
うん、よくわからない。
まあ、もう会うこともないだろう。ふたたび歩きはじめた所でふいに疑問が浮かび、また歩みを止めることになった。
おや?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます