第171話 手のひら

 ぽかん、と開いていた口はパクパクと、目はパチパチとしばたたかれている。


「守屋くん、気付いてたの!?」


「ん、はてさて、なんのことやら」

 と殊更ことさらにゆっくりと話し、にへらと笑い返しておく。


 ぼくの反応をみて察する物でもあったのだろうか、

「ううん、なんでもない」

 と力なくカクンと肩を落とした。 


 鬼柳ちゃんがなにを企んでいたのかはわかったよ。でもその謎を解くのは、大矢さんであるべきだよね。それまでぼくは、なにも語らない。


 話には流れがある。


 大事にしていこうと、きょう決めたばかりだからね。そしてぼくはもうひとつ、話の流れに悩んでいた。


 ちらりとカバンに目を止め、嘆息をつく。これは、まちがいなく誤解を生むんだろうな。ぼくのカバンには、とある小包みが入っている。


 包みの中身は腕時計のベルトだ。鬼柳ちゃんに解けなかった謎を、思い出のベルトの色を、このぼくが解いた証として用意したものだ。


 あとは、まあ、その、……鬼柳ちゃんの誕生日らしいからね。でも、これをいま渡すのはどうなのかなとも思う。推理の流れで散々に、愛だ。恋だ。と語ったあとなのだ。


 しかもこれは大矢さんが唐津くんのソレに気付くきっかけとなった、その方法で調べたものだからね。


 さて、どうしたものだろうか。


「ねえ、守屋くん」


 声をかけられドキリとしたが、努めて平静なふりをする。


「ん、なんだい」


 すこし声が引きつっただろうか。


「きょうは守屋くんもどこか変よ」


「いつも変と言われるよりは、まだマシなのかな」


 へらへらとしてみせるけれど、あまり軽口も奮ってないなと思う。ジト目でじっと訝しげに見つめられ、おもむろにスッとその瞳を閉じる。


「ちらちらと、守屋くんの視線はカバンに注がれてたよね」


「そうかな」


 ひとつ指をおる。


「わたしの誕生日を知ってたはずなのに、知らないって嘘ついたよね」


「そうだったかな」


 またひとつ。


「カバンに手を伸ばしたとき、声をかけてきて邪魔したよね。となりに守屋くんのカバンがあったから?」


「どうだったかな」


 さらにひとつ。


「腕時計の話をするとき、『大矢さんも』って言ってた。わたしの腕時計の話も聞いてたからだよね?」


「相変わらずの記憶力だね」


 もう、あと一本しか残ってない。


「恵海ちゃんと唐津くんにプレゼントを教えるために画策してたみたいだけど、もしかして守屋くんにも目的があったんじゃないの?」


「想像力豊かだね」


 鬼柳ちゃんの小さな手のひらは、すべての指がおられてしまった。そしてその大きな瞳をパッと開く。


 ぼくの前に、おりたたまれたはずの小さな手のひらが差し出された。


「なにか、わたしに渡すものがあるんじゃないの?」


 まったく、たいした推理力と度胸だよ。どうやら、この小さな探偵に隠し事はできないようだね。誕生日プレゼントを催促されるとは、ふてぶてしさすら感じとれるものだよ。


 手を出したままで、鬼柳ちゃんはそっぽを向いてしまっている。あまりにも窓の方を向くので、リレーのバトン渡しみたいになっているよ。


 いや、よく見るとその手は、わずかばかりに震えていた。その顔を見ることは叶わないけれど、ちらりとのぞく耳たぶは、うっすらと桜色に染まり、段々と濃くなっていく。


 そうか。どうかすると忘れてしまいそうにもなるけれど、鬼柳ちゃんもひとりの普通の女の子なのだ。


 差し伸べられたこの小さな震える手は、きっと勇気の手なのだろう。


 早とちりかもしれない。報われることはないのかもしれない。だれもその手を掴まないのかもしれない。それでも、その手は前に出される。


 相手を想うその気持ちと共に。


 手を差し伸べつづけるのは、つらい事だからね。くすりと笑い、ぼくはその小さな手のひらを見つめる。女の子にここまでさせたら世話ないねと、すこしはにかみながら。


 そしてぼくは、その手のひらに、そっと──。



──

「その手のひらに」完。


どうも、moguranoです。


お読みいただきありがとうございます。


書きたかった話のトリックが思いつかず、代わりにと見切り発車で始まったこのお話。優しい話にしようと思っていたんですが、ならなかったなあ。遠い目をしておきましょう。


今回、本編とは直接関係のない謎を未解決のままにしてみました。さてさてさーて、守屋くんが用意した腕時計のベルトは何色でしょうか。


作者だけが知っている。ふふふ。てのもアレなので、ヒントだけでも。


鬼柳ちゃんはオレンジ色と言いますが、どこか違うとも記憶しています。一也くんはピンクのが好きだと言います。でもピンク色が好きなわけではありません。


幼かった鬼柳ちゃんは、その色に関してある勘違いをしています。その原因は、お母さんにこの色は何色なのかと口頭で聞いたからです。


それを聞いていたお父さんは面白がり、ダジャレを利かせて一也くんに説明したせいで、一也くんも同じ勘違いをしています。


ヒントをもうひとつ。守屋くんならきっと、「ぼくはブラウンのが好きだなあ」とでも言うのでしょうか。


彼はすこし捻くれていますからね。


ブックマーク、評価の星、感想。よろしければお願いします、と手を差し伸べます。ああ、差し伸べ続けるのはつらいなあ。


え、ベルトの色? そうですね、十四年経てばあるいは分かるかもしれませんよ。


それでは、また。

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