第170話 高笑いする探偵

 みんなで公園の中を捜索し、Bさんはひとり、塾へと向かった。


「塾に行けたから、犯人なの?」


 鬼柳ちゃんのこれは、きっと問いではないのだろうな。表情は柔らかく優しげで、何かの意図をはらんでいる気さえする。いったいぼくを、どこへ連れて行く気なのだろうか。


 おずおずと、一歩奥へ踏み込む。


「遅れずに塾へ行けたから犯人さ」


 ちらと鬼柳ちゃんは壁に目をやった。ぼくもつい、つられる。教室の壁には時計が掛けてあり、時刻はもうすぐ六時になろうとしていた。


「時計ね」


「そう。あのグループの誰もが、時計はもっていなかったはずだよね。そして、あの公園には時計がない」


 記憶力バツグンの鬼柳ちゃんが挙げ連ねてくれた、公園内にある物の中にも含まれていなかったから、まちがいはないのだろう。うん、と小さくうなずくのを確認した。


「なのにBさんは塾の時間だと、五時のチャイムが『鳴る前に』帰っていったね。いつ時刻を見たのかな」


「恵海ちゃんの時計、ね」


 五時のすこし前にみた時計が、公園からなくなっていた。言わずもがな犯人はBさんだ。その探偵は大矢さんに根掘り葉掘りと訊いていたから、そこから推理したんだろうな。


 周りの友だちの反応から、Bさんが塾へ通っているのは嘘ではなさそうだ。普段から時計を持っていない所をみるに、塾へはチャイムが鳴ってから向かうのかもしれないな。


 塾の終わる時間も、なんとなく計算できそうじゃないか。とっちめようとしたのか知らないけれど、探偵があちこち回っていたのは、途中からは時間つぶしだったのだろうな。


「犯人はBさんなのね。でも、じゃあなんで時計は公園にあったの?」


 そのきらめく大きな瞳は罠だね。


 誘導、誘い込み、おいしいエサはこちらですよ、だ。ポッポッポッとついばんでいくと、カゴがばさりと覆いかぶさってきそうな気がする。 


 ぞっとしないけれど、謎の香りがかぐわしい。いけないと思いながらも、ぼくの歩みはやめられない、とまらない。やるね、鬼柳ちゃんめ。中々の魔性の女っぷりじゃないか。


 ぼくは嬉々として声を張った。


「それはもちろん、その探偵のしわざだよ。みごとに犯人を誘い出したというわけさ。ただ闇雲にさがし回っていたわけではなかったんだよ」


「ふーん」

 と言い、

「ね、探偵はどうやったの?」

 とほほ笑む。


 ぼくはコロコロと転がされる。


「あちこち回るうちに、ついてくる人影に気付いたんだろうね」


「Bさんね?」


 やっぱりわかってるじゃないかと、ぼくは鼻を鳴らす。


「そうだね、Bさんだ。たぶん、塾が終わって様子を見にきたんだよ。そしてあきらめずにまだ探していた、泣いてる大矢さんを目にした」


「返しに、謝りにきたのかな」

 とつぶやき、ふと表情が和らぐ。


 まあ、そうなのかな。そうでもないと、見にはこないというものか。良心の呵責に苛まれたか、罪の意識が芽生え、ただ楽になりにきたか。


「だから探偵は高笑いしたんだよ」


「え」


 前を向き直り、ぼくは笑う。


「ハーハッハッハ。時計はお店か、タイヤの中だ。──最後通告だね」


「ああ、そうなのね。高笑いも意味があったんだ。てっきり……」


「てっきり?」


 ちらと、ひと時だけ視線が飛ぶ。


「その探偵の趣味なのかなって」


 ふむ、訳知り顔だね。いいさ、どこまでも転がろうじゃないか。


「高笑いは注目を集めるためだね。つまり探偵は、こう言ったわけさ。『今からお店に行ったあと、タイヤを調べに行く』と、隠れているBさんに聞こえるようにね」


 ふふっと笑う鬼柳ちゃんに、訝しむ視線を向ける。


「優しいんだね。その探偵」


「そうかい? 犯人をおびき出しただけだと思うけどな」


「んーん、ふたりが喧嘩しないように、恵海ちゃんが傷付かないようにしたのよ。素直じゃないけどね」


 ふうと息をつく。まったく、困ったものだね。


「どうだろうね。その探偵は、そこまで考えてたかどうか」


 くすっと笑い、鬼柳ちゃんは大きく口を開けて固まった。

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