第169話 涙の理由と

 あこがれの探偵と同じように、その手は自分へと向けられていて、その根源には例のソレがあった。


 そしてそのソレは、大矢さん自身が鬼柳ちゃんを想うのと同じくらいに大きく、深いソレだったわけだ。


 ぼくのいたいけな質問と、唐津くんのプレゼント、そして昔の思い出。それらのことから、大矢さんは推理したというわけなんだね。そして、天啓が舞い降りてきた。


 いっぺんに気付いてしまったのだろうか。昂ぶった感情は抑えきれずに、涙となって表れたんだろうね。


「大矢さんの涙の理由は、……あい、だったんだね、鬼柳ちゃん」


 ふふ、と小さな探偵は満面の笑みを浮かべて、ご満悦のご様子だ。


「じゃあ、大矢さんはいまごろ」


「そうね、唐津くんの所に向かったんだと思うの」


 キャーとも、キューとも、取れる鳴き声が聞こえ、この騒動は幕を閉じ──なかった。


「ねえ、守屋くん。恵海ちゃんの腕時計はどうしてあんな所にあったんだと思う?」


 口もとを覆っていた両の拳のすき間から、そんな問いかけを投げられる。きょろりと大きな瞳がのぞき込んできた。


「大矢さんが、そこに落としたんじゃないのかい」

 と、しらっと言ってのける。


「守屋くんらしくないね。本当にそう思うの?」


 おや、挑発的である。にやりとぼくは口の端を持ち上げた。


「ふぅん。鬼柳ちゃんは、探偵がただ闇雲に探し回って腕時計をみつけたお話、とは思ってないんだね」


「うん。でもね、わたしは守屋くんがどう推理するのかを知りたいの」


 はて、意味深じゃないか。


 ちいさく嘆息をつき、ぐるりを見回す。教室にはふたりきりで、外もだいぶ静かになってきた。生徒の多くはもう帰ったのだろう。大矢さんが戻ってくる気配もなさそうだね。


 ぼくはゆっくりと、まるで噛みしめるかのように口にする。


「犯人はBさんだろうね」


 鬼柳ちゃんはちいさく、

「ん」

 とだけ発す。


 促されているのかなと思い、つづける。


「大矢さんの友だちのBさんが盗んだのか、借りたのか。まあ、前者かな。きっと羨ましかったんだよ」


 大矢さんは友だちに時計を自慢していた。だれも持っていない人気のキャラの時計だ。子ども心に、羨望のまなざしを向けてしまっても、それはおかしな事でもないだろうさ。


「大矢さんが遊んでる途中に時計を落としたのは、本当だと思うよ。いっしょに探してあげたのも、友だちを想っての行動だよね。ただ──」


 すこし、言葉を切る。


「運悪くBさんは時計を見つけてしまい、そして魔が差してしまった」


 ぼくは手をひらひらとさせる。


「どうして盗みだと思うの?」


 わかっているだろうに。どうやら鬼柳ちゃんはこの謎を語る気はないらしい。いや、それともぼくに語らせようとしてるのか。何のために?


 訝しみながらも、推理を披露していく。


「アラームが鳴らなかったからさ」


「腕時計のアラームね」


「そう、大矢さんはのちに腕時計の見つかった公園で、五時のチャイムを聞いているんだよ。それなのに、その時間になるはずの時計のアラーム音は聞いてない。不思議だよね」


 指をくるっと回す。


「つまり、五時にはもう、公園内に時計はなかったと言えるよね」


「ちょっとまって」

 と言い、首をかしげている。


「公園にはスピーカーがあるのよ。チャイムの音で、アラーム音なんてかき消えちゃうと思うの」


 ふむ、一理ある。だけど。


「それは中学生の理屈だよ。相手は幼い小学生なんだからね。それにさ、犯人ともなればなおさらだよ」


「どういうこと?」


「いくら音が聞こえなくてもね。五時に音が鳴る盗品を、その時刻まで持っていたくはないだろうさ」


 犯人ならば、一刻もはやく立ち去りたくなることだろう。


「それで、塾に行くからと帰ったBさんが犯人だって言うの?」


 その半眼の瞳は口ほどにものを言うね。それだけじゃ弱い、と言われているようだった。ならば、ぼくはこう返そうじゃないか。


「塾に行けたから、犯人なんだよ」

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