第168話 ソレもまた、愛

 ぼくは自分の手をじっとみつめた。くり返し差し伸べられた手に、大矢さんはあこがれたと言う。


 だからこそか。


「じゃあ、大矢さんがわざわざ事件に首を突っ込んでいくのも」


 ハッとしてそう言うと、ふふっと返ってきた。


「そうね。その探偵と同じように、手を差し伸べてるんだと思うの」


「ふぅん、そうだったのか。ぼくはてっきり」


 キョロっと上目遣いに目が動く。


「だれかさんみたいに、謎を楽しんでると思ったの?」 


 自らの問いに、

「うーん」

 と小首をかしげ、自らに答える。


「それもあるかもね」


 いつしか手段が目的に、という奴なのだろうか。それでも大矢さんの手を差し伸べるその行動は、勇気ある行動と言えなくもない、のかな。


「守屋くんに訊かれて、言葉にしようとして、恵海ちゃんはたぶん気付いたのよ。漠然と探偵にあこがれていた、その本当の理由にね」


 そうか、ぼくのいたいけな質問がきっかけになったのか。


「それでも、泣いた理由にはならないよね?」


「そこで思い出したのが、唐津くんの事よ」


 ああ、なるほど、と手を打った。


「『おんなじ』は唐津くんの事なんだね。彼も甲斐甲斐しく、何度も大矢さんに手を差し伸べていたから」


 そのあこがれた探偵と同じように、何度も、何度も。ましてや、振られた相手にもかかわらずにだ。


 きっとそれはつらかったろうな。


 手を差し伸べるのは勇気がいる。大矢さんの友だちを悪く言うつもりもないけれど、ふり絞れば一度くらいは頑張れるのかもしれない。


 でも手を差し伸べつづけるのはつらいものだ。出した手をひっ込めたとしても、責められる物じゃない。手なんてものは下ろした方が、もともと上げない方が、楽なのだから。


「そう、唐津くんの事ね。そして彼がそうしてくれる理由を、もう恵海ちゃんは知ってるもんね」


 胸いっぱいに息を吸い込み言う、

「愛ね」

 だそうだ。


 聞いてるだけなのに、なんだかぼくまで恥ずかしくなってくるよ。その時ふと思った。それを嗜む、鬼柳ちゃん自身の愛はどうなのだろう。


 などと考えていると、

「愛ってね」

 とアオハル講義がはじまるのを察したので、思わず身構える。


「愛ってね、不確かじゃない?」


 有識者が言うならそうなのだろうと、うなずいておく。すると、ほほ笑みながらうなずき返された。


「目に見えないから不安になるし、比べたくなっちゃうの。ひとによっては試してみたくもね、なるの」


「そうなんだ」


 ぼくは生返事しかできない。


「どちらが大きいのか、深いのか。これは男女の永遠のテーマです」


 ここテストに出ますとでも言い出しそうである。鬼柳ちゃんはノリノリで、とても生き生きとしている。


「本来は比べられるようなものじゃないけれど。ひとつだけ、確かめることができる時があります。どんな時かわかりますか、守屋くん」


「わかりません、先生」


 いつもならしらっとした顔をされそうな物だけど、今日はちがった。


 クスリと笑い、

「守屋くんのおかげかもね」

 と言う。


 はて、なんのことかな。またぼくなにかやっちゃいましたか、とでも言っておけばよかったのだろうか。


「恵海ちゃんと唐津くん。ふたりは奇しくも、守屋くんに同じ相談をしたよね。そして守屋くんは──」


 ああ、そういう事かと口を開く。


「ぼくは、『おんなじ』方法で好むプレゼントをふたりに教えたんだ。なるほどね、大きさや深さを比べるのが難しいとされる、ソレだけど」


「愛ね」

 

 恥ずかしいから避けた言葉を、鬼柳ちゃんは逃さずに訂正する。


「ソレは」


「愛」


 にこやかなその笑顔がこわい。


「……あいは他人ひとの気持ちだから、程度が分からないんだね。ただ、それも自分の気持ちなら話はべつだ」


 満足そうにほほ笑む鬼柳ちゃんをみながらつづける。


「自分と『おんなじ』方法で贈ろうとしたその、……あいは、大きさ、深さも、自分のと『おんなじ』なんだと、大矢さんは気付いたんだね」


 大小を比べることはできなくとも、イコール、つまり同じならば理解するのも不可能ではない。だって、自分の中にある物なのだから。


 大矢さんは自分のソレが大きければ大きいほど、唐津くんからのソレも大きいのだと気付き、そして感極まったのだろう。


 大矢さんは、ソレされている。

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