第165話 二択の答え

 決して高笑いしたかったわけではないけれど、うむ、なんだか出鼻をくじかれてしまった気分だよ。


 鬼柳ちゃんは満足気に微笑んだ。 


「探偵がひらめいたのね?」


「まあ、そうなのかな。あきらめて俯いてしまった大矢さんに、ひと際大きな声で言ったそうだよ」


 コホン、と喉の調子を整える。


「『ハーハッハッハ、時計の在り処が分かったよ。お店のひとが預かっているか、もしくは公園のタイヤの中だね。どれ、まずは近い、お店の方から訪ねてみようか』とね」


 おや。やはりぼくも、どうやら高笑いがしたかったみたいだよ。気付けばジト目で見られているけどね。


 それでも得心がいったようで、

「そうね。お店のひとには、まだ訊いてなかったもんね」

 と、うなずいている。


「でも残念ながら落とし物は届いてなくて、お店のひとも知らなかったそうだよ。そして公園に向かい、タイヤの中をのぞくと、ようやく」


「あったの?」


 大仰にうなずく。


 わあ、と鬼柳ちゃんは胸をなでおろしたようだ。ぼくも長い話を終えた所で、ふう、と息をつく。


 その探偵もおそらくは、時計が見つかってほっとしたことだろうね。さんざん探し回ったあとの発見だそうだからさ。手際が良かったとはとても言えやしないだろうけど、ね。


 おや、大事な事を伝え忘れたと、なんでもない事の様に付け加える。


「この話をしたあとに、大矢さんは泣いて教室を出ていったんだよね」


 キュッと視線がするどくなる。


「さきに言ってよ、もう」


 怒られてしまった。


 でも分からないな。この話のいったいどこで泣くというのだろうか。まあまあなハッピーエンドを迎えたと、言えないこともない。


 時計が見つかった時はもうとっぷりと日も暮れていたろうから、たっぷりと親に叱られたのだろうね。でも、その事を思い出して泣いたとも言わないだろうさ。


 じゃあ懐かしい探偵を思い出したからとか。いや、まさかね。ついこの間まで、大矢さんはその探偵を探し歩いていたのだから。さすがに、まだ忘れてやしないだろうさ。


 それなら、その探偵が見つからないからだろうか。


 ぼくに話してる間に、己の至らなさを実感してほろりと涙を。いや、ないな。想像するだけで笑えてくるよ。あの大矢さんに限っては、そんなことはありないだろうね。


 ふむ、お手上げだね。やはり、思春期特有の泣きたい気分だったのだろうかとあきらめかけたとき、小さな探偵はきろりと目を光らせる。


「その公園はもう、二回も調べてたのよね?」


 一回目は時計がなくなったことに気付いた時。大矢さんを含む四人での捜索がなされた。二回目は探偵と訪れた時。二人で捜索したはずだ。


「うん、二回探して、三回目でみつけたみたいだね」


「そんなに見落とすのかな」

 とほっぺに手を当て、

「調べた時間はわかるの?」

 と訊いてくる。


 はて、と記憶を探る。


「一回目は五時だろうね。大矢さんが公園でチャイムを聞いている」


 二回目は辺りが暗かったらしいけれど、おおよその推測にすぎないだろうな。その時だれも時計を持っていなかったし、なによりぼくは当事者ではないのだからね。


「七時か八時くらいじゃないかな」


「やっぱり、そのくらいよね」


 鬼柳ちゃんはどうも、時間を気にかけているらしい。なにかそこにヒントがあるのだろうか。でも、正確な時間はだれにも分からないよね。


 大矢さんグループの唯一の時計がなくなってしまったのだから。その探偵なら、ほかの時計を持っていたのだろうか。でもその探偵を探すのも現実的ではない。見つけたところで時間なんて覚えてないだろうね。


「その探偵はどうして、お店かタイヤの中なんて言ったのかな?」


 言われると、その二択は離れすぎていて共通性もない気がするね。


「まだ探してない所をあげただけじゃないかな」


「うーん」

 と唸り、鬼柳ちゃんはそっとその目を閉じた。

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