第164話 妙な違和感

 驚いたのだろうか。鬼柳ちゃんはパチクリとまあるい目をしていた。


「ほら、大矢さんが憧れているとか言う、いつぞやの迷惑な探偵だよ。覚えてるかい?」


 鬼柳ちゃんには愚問だったかな。


 コクリとうなずくも、言葉はないようだった。はて、どうにも妙な反応だね。もやもやとした物を感じながら、ぼくは訊いた話を再開する。


「泣いている大矢さんにね。『お困りかい、お嬢さん』と、その探偵は声をかけてきたらしいんだよ」


 善行なんだろうとは思うけどね。なんともキザな言い回しをする探偵じゃないか。その探偵とは気が合わないかもしれないなとふと思った。


「それから、それから?」

 と、鬼柳ちゃんはいつにも増して前のめりで訊いてくる。


 口もとも柔らかく微笑んでいた。いったいどうしたのだろうか。すこし気圧されたような気持ちになる。


「その探偵にさ、事情を話したらしいよ。ただそれもねえ、さて、ドコまで伝わったものやら。大矢さん自身も分からない、と言ってたよ」


「恵海ちゃんが泣いてたから?」


 それもあったのだろう。ひとりになってしまい、泣きじゃくっていたと訊いている。それに加え──。


「その探偵もさ。そんなに年の変わらない少年だったみたいなんだよ」


「へえ」

 と反応は薄い。おかしいな。


 ぼくが訝しんでいると、まるで鬼柳ちゃんはあわてたように、ポンと手をあわせ、いそいそと取り繕う。


「それでその探偵が、見事に腕時計を探してくれたというわけなのね」


 珍しくぼくの方から半眼の視線を送ってみる。──と睨み返された。おや、それはおかしくないのか。


「まあ、いいけどね」

 

 ふう、と気を取り直す。


「ぼくもそう思っていたんだけどさ。どうやら、そう見事な手際でもなかったみたいなんだよね」


「え、そうなんだ」

 と言う顔はどことなく嬉しそうに見えたので、ぼくは肩をすくめる。


「探偵は、『探すのを手伝うよ』と手を差し伸べてくれたらしくてね。いっしょに転々と巡ったそうだよ」


 時刻が遅くなるほどに、落とし物は見つけにくくなることだろう。あてもなく闇雲に探すのは厳しくなってるはず。はて、ぼくならどう探すだろうかと考えつつ、話していく。


「転々と巡ったの?」

 とほっぺに手をやり、気付けば鬼柳ちゃんも頭を悩ませていた。


「つまり、中々みつからなかったの?」


「うん、結局ぜんぶの場所を調べなおしたそうだよ」


 にわかに瞳が大きくなった。


「時計はあったの?」

 と訊かれたので首を振っておく。


「でも、その探偵はあきらめなかったみたいでね。ないと分かる度に、手を差し伸べてくるんだってさ」


「ふーん」

 と優しい顔をするので、

「ないのが分かる度に口もとが笑う、怪しいひとだったそうだよ」

 と付け足しておく。


「それはちょっと、不気味ね」


 ハハハ、と笑っておく。大矢さんも警戒し始めたと言っていたかな。おっと、警戒し始めた理由はもうひとつあるんだと言っていたっけな。


「あと移動中にね、こと細かに訊かれたそうだよ」


「なにを?」

 と小首をかしげるので、

「ぜんぶ」

 と答える。


「時計をなくして、その探偵に会うまでに何をしたのか。だれと何を話し、どんな順番で探したのか」


 明らかにほほを引きつりながら、

「それはちょっと。たしかにね」

 と言い、うん、とぼくも頷く。


「怪しいひとね」

 ──探偵だね。


 まあ、意見が一致しないのは薄々分かっていた事だと、独りごちる。


「でも、うん、探偵かもね」


 おや、本当にきょうは妙だね。


「それで時計は?」


「結局、どこにもなかったんだってさ。あたりはもう真っ暗だよ。大矢さんも諦めようとしたところで」


 ひと息つき、息を吸うと、

「ハーハッハッハなの?」

 と代わりに鬼柳ちゃんが高笑う。


 ぼくはびっくりしてしまい、行き場のなくなった息を吹きだす。鬼柳ちゃんはクスクスと笑っていた。

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