第162話 ろくでもない絆
そのあとに大矢さんと話したことか。それは彼女の涙をみる直前の話になるね。ちらりと鬼柳ちゃんの横顔を見やってから話し始める。誤解しなければいいなと願いつつ、ね。
「ぼくと大矢さんは、ある種の共犯だったからね。仲間意識というか、きっと連帯感がさ。生まれてきたんだと思うんだよ」
共犯でつながった関係。脆く、儚そうではあるけれども、これもつり橋効果と言えるものなのだろうか。
「ろくでもない絆ね」
とあきれられた。
「言葉もありません」
苦笑う。
「そして、どちらも困ったことに探偵好きだったからさ。大矢さんと、その、腕時計の話をしたんだよね」
きろりと大きな瞳が大きく開く。やっぱりどうあっても、誤解は免れようもないようだった。
まあ、無理もないよね。その話になったのも、鬼柳ちゃんの時計の話からの派生だったのだから。
そうですわ、と思い出したように大矢さんは昔ばなしを語ったのだ。以前にぼくが聞いた時は、はぐらかされてしまった。とある、『高笑いする探偵』の話をね。
「大矢さんも小さいころに、大事な腕時計を持っていたそうなんだよ」
「も?」
おっと、いけない。
にわかに視線がきつくなる。鬼柳ちゃんは口を開けたままで、すこし固まっていた。その口がなにかを発する前にと思い、ぼくはいそいで次の言葉へとつなげることにした。
「大矢さんは幼いころから放浪癖があったらしくってね。それはいまでも変わってはいないか。三つ子の魂百までを、地で行くひとだよね」
へらへらとした口調で言ってのけると、しばらく睨み合ったのち、
「はあ」
とため息が聞こえた。
どうやら口にしかけた言葉を飲み込んでくれたようで、ほっとする。
「うん、それで?」
力ない言葉にすっかり気を良くしたぼくは、ことさらに明るく話す。
「その放浪癖を心配した親はね。大矢さんに腕時計を持たせることにしたそうなんだよ。帰る時間がくるとアラームが鳴る。そのときに人気だったキャラ物の腕時計をね」
その時計を精細におぼえていたらしく、キャラクターについて熱く語っていたけれど、女の子用の物だったのでぼくには馴染みがなかった。
とても気に入っていたんだなということは、充分に伝わったけどね。
「友だちにも熱く語ったそうだよ。まあ、自慢だろうね。子供ごころのままに、見せびらかしたわけだよ」
その姿を想像したのだろうか、
「恵海ちゃんらしいわね」
と言い、クスクスと笑っている。
「周りに時計を持ってる友だちはいなかったみたいでね。持たされた理由を知らないみんなは、素直にうらやましがったそうだよ。みんなの注目の的だね」
きっと優越感にひたっていた事だろうな。子どものころはみんなが持っている物は欲しくなるし、なんでも友だちの物がうらやましく見えたりしたものだった。自分だけが持っているとなれば、鼻も高々だろう。
鬼柳ちゃんも覚えがあったのだろうか。うんうん、と頷いている。
「そんなある日、いつものように友だちと遊びに出かけたらしくてね」
はて、と頭を悩ます。大矢さんは友だちの名前も言っていた気もするけれど、そこまではぼくも覚えていなかった。なにせ、会ったこともないひと達なのだからね。
「えーと。そうだね仮に、Aさん、Bさん、Cさんとしておくとしようか。四人で遊びまわったらしいよ」
「忘れちゃったのね」
探偵にはお見通しのようだった。照れ隠しにほほをポリポリと掻く。
「いろんな場所をかけずり回って、遊び倒したらしいよ。なにをしてても楽しいころだろうからね。鬼ごっこ、隠れんぼ、高おに、色おに。女の子なら、ままごともかな」
「うん、懐かしいね」
懐かしいけれど、運動神経がちょっぴりと良くないぼくは、鬼系の遊びは苦手だった気がするよ。ただ、隠れんぼだけは得意だったかな。
『そこに隠れているね』
と、よく探偵気取りで見つけては高笑いしたものだった。
ん、高笑い?
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