第160話 気軽な声

 ドキリとした。


「なんだい、ほかの目的って」


 恐る恐る訊いてみる。いつのまにか開いていたその大きな瞳は、ぼくの恐れまでをも見抜くのだろうか。


「わたしに、『大矢さんの欲しがっているもの』を教えてって訊いたよね。あの尾行デートがあったからこそ、わたしはソレを知っていたの」


 となりに並んだまま小首をかしげるので、髪の毛はさらりと流れ、そのまま片眼を覆ってしまう。のこった片眼でまじまじと見つめられた。


「偶然なのかな?」


「どうだろうね」

 とはぐらかしていると、髪をかきあげ、両の目で捉えられた。揺らがないその瞳に、なんだか見透かされてしまった気におちいる。


「きっと、話の順番がちがうのね」


 わずかばかり、その瞳は細まった。


「デートをしたから知っていたんじゃない。わたしに知らせるために、デートをさせたのね。恵海ちゃんと同じように」


 声にならぬ笑みで返事とする。うむ、図星である。大矢さんが鬼柳ちゃんの欲しがるものを、デート中に調べるのはわかっていたからね。


 きっと話題にあがり、鬼柳ちゃんの意識も自然とそちらを向くことになるとは思っていた。知らないことを知るには、知っているひとに訊くのがいちばん手っ取り早いからね。


 鬼柳ちゃんには、知っているひとになってもらったのだ。


「だれに頼まれたんだろう。唐津くんなのかな、相談されてたの?」


「うん、お見事だね」


 コクリとうなずく。


 たしかに唐津くんにも同じことを相談されていた。そこで、ぼくはひと芝居打ってみたわけだ。即ち、大矢さんは仕掛け人であると同時に、ターゲットでもあったんだよね。


「でもね。恵海ちゃんの誕生日は、まだまだ先のはずなのよ」


「そうなんだね」


 それは、ぼくも知らなかったな。どうやら誕生日プレゼント用に知りたかったわけではないらしいね。


 うーん、と唸り、

「キッカケはね、きっと──」

 と言う顔は生き生きとしているようにみえる。


 この表情はどこかで見た覚えがあるね。ああ、きっとそうだ。アオハルの匂いを嗅ぎ分けたんだろうね。柔らかくほほは持ち上がり、軽やかな声で鬼柳ちゃんは語る。


「恵海ちゃんが告白されたからよね。唐津くんもその噂を耳にして、気が気でなくなっちゃったのよ」


 うんうん、とうなずく鬼柳ちゃんはひとりでキャッキャとしている。


「何のプレゼントなのかな。記念日、お礼、お祝い。どれにしても、唐津くんからのアプローチよね」


 圧倒され、

「そうだね」

 としか言えない。


「恵海ちゃんも意識してるし、わたし、ふたりの相性もいいと思うのよね。守屋くんもそう思わない?」


「ううん、そうだね」


 じつに曖昧な返事だ。


 しかし、鬼柳ちゃんは、

「でしょ、でしょ。そうよね」

 と意に介さないようだった。


 この際、ぼくの返事はなんでもよかったのかもしれないね。


 またしばらくアオハル博士の講義を聞くことになり、なんだかぼくもその道に詳しくなってきたのではないかと勘違いし始めたころには、やはり最初の疑問に舞い戻ってきた。


「んー、でも、恵海ちゃんの泣いた理由になるのかな」


 悩める鬼柳ちゃんに向けて、じつに気軽に声をかけてみた。


「今日ね、唐津くんがそのプレゼントを恵海ちゃんに渡したそうだよ」


 きろりと睨まれた。うん、だろうなとは思っていたよ。襲いかかられてはたまらないと小さく手を振る。


「ほら、話の流れってのがあるじゃないか。ここまで推理してきたからこそ、話せることもあるんだよ」


 ぷりぷりと怒りながら、

「それで?」

 と不満そうに訊かれる。


「現場はぼくもみてないんだけどね。この教室に来る前に、もうプレゼントを受け取っていたらしいよ」


 にへらと笑いながら、思い返す。


「普通に喜んでいたようにみえたけどな。すこし不思議がってはいたみたいだけどね。どうして欲しいものがわかったのかな、ってね」

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