第159話 思い出の色

 微笑んでいた鬼柳ちゃんだったけれど、なにか閃きでもやってきたというのだろうか。ぴくりと眉を動かし、視線はきょろりと上を向いた。


 ほっぺに手をやり、首をかしげ、

「それでも、すこし変よね」

 とその目を閉じる。


「なにが変なんだい」


 目を閉じたままの横顔に問いかけると、そのまま答えた。あるいはそれはひとり言だったのかもしれない。


「まるで隠す気がないみたいじゃないの。なんだかそれは、守屋くんらしくない気がするの」


 らしくない、とな。まいったね、そう言われても困ってしまうではないか。隠す気がないというか、隠し通せるものでもないだろうさ。いずれはバレてしまうことなのだから。


 具体的には、誕生日がきたらバレてしまうのだからしかたないよね。それでも鬼柳ちゃんは推理の手をゆるめようとはせず、目を閉じつづける。すこし悔しそうにしながらね。


 そういえばあの時、大矢さんも悔しそうにしていたな。ぼくの尾行を終えたあと、無事にプレゼント候補をみつけてきた大矢さんは言った。


「おねえさまの好みの品を見つけましたの。感謝しますわ、守屋さん」


「うん、それは何よりだね」


 しかし、大矢さんの顔色はなぜか晴れてはいなかった。むしろ、悔しそうな顔をすこしのぞかせている。


「でも、本当はもっと欲しがっている物がみほ先輩にはあるんですの」

 と口をとがらせる。


 ふぅん、鬼柳ちゃんが本当に欲しがっているものねえ。はて、それはいったいなんなのだろうか。


「富と名声、それとも力かい?」


 茶化すぼくを、

「もう」

 といさめる。 


「わかった、ワンピースだ。鬼柳ちゃんも好んでよく着ているからね」


 ぷくっとフグのように膨れたけれど、やがてクスクスと笑い出し、ほっぺたはしぼんでいった。


「そうじゃありませんのよ」


 じゃあ、なにを欲しがったのか。まさか、この世のすべてとも言わないだろうね。もしかすると、それは高くて買えない物なのだろうか。


 しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。


「覚えてないそうなんですの」


 記憶。どうやら欲した物は思い出の品だったらしい。大矢さんが言うには、鬼柳ちゃんは小さいころ、とある時計を大切にしていたそうだ。


 はじめて親に買ってもらった、すこし大人向けの腕時計。だけど子どもが取り扱うものだから、毎日身に付けている内に時計のベルトは相当に傷み、汚れてしまったらしい。


 ベルトの交換をしたものの、同じ色のものはなかったそうだ。いつか同じ色に変えようと思っていたけれど、その内にどんな色だったかを忘れてしまったという話だった。


 あの日、エチュードホームで時計のベルトを物色していた鬼柳ちゃんから、そんな話を訊いたらしい。


「おねえさまに、思い出の色のベルトをプレゼントしたかったですわ」


 なるほどね。ふむ、とぼくもすこし考えてみる。


「だれかほかの家族で、その色を覚えてるひとはいなかったのかい?」


「それが」

 と言う大矢さんは、それは悲しそうにすっかりと肩を落としていた。


「両親は覚えていなかったようでしてよ。みほ先輩はオレンジのイメージがあるそうですが、なにか違和感を感じるとも言ってましたわ」


 オレンジに違和感、ね。ふむ。


「弟の一也くんは知らないのかな」


 フルフルと力なさげに首を振る。


「ダメらしいですの。ただ、『ピンクの方が好きだな』と言われた事だけは印象に残っていたそうですの」


「ふむ、ピンクではないんだね」


 なぜピンクと比べたのだろうか。

 

 その理由を考えていると小声で、

「しかも、一也さんはピンク色を好まないそうなんですの」

 こっそりそう言われてしまった。


 鬼柳ちゃんに解けなかった問題かと、ぼくはすこしワクワクしながら頭を悩ませるのだった。


「──守屋くん、聞いてるの?」


「ん、ああ、どうしたの」


 鬼柳ちゃんの声で我に返る。どうやら現実に引き戻されようだね。


「やっぱり変よ。守屋くんは隠そうと思えば、もっと他の方法も取れたはずよ。なのにそうはしなかった」


 ニコリと笑い、つづける。


「ほかにも目的があったのね」

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