第158話 プレゼント

「うん、ありがとうね」

 と屈託のない笑顔をみせる鬼柳ちゃんは、めでたく誕生日を迎えた。


 ぼくはそのまぶしい笑顔から、ちろりと視線を逸らす。気恥ずかしいやら、小恥ずかしいやら。なんとなくだけどそんな感情を抱いたんだ。


「だからね、その、恵海ちゃんはわたしに誕生日プレゼントを贈ってくれようとしてたんじゃないかな?」


「そうかもしれないね」


 あの心理テストは欲しいものを調べるため。教室で待っていたのは誕生日にプレゼントを渡すため。そう推理するのは自然なことだろうね。


 しかしいま、大矢さんは泣きながら去ってしまい、教室にその姿はなかった。鬼柳ちゃんはスタスタと自分の席へ着き、机に掛けてあった通学カバンに手を伸ばそうとする。


 ぼくは声をかけた。


「今しがたまでね。大矢さんは、その鬼柳ちゃんの席に座っていたよ」


 その手はピタリと止まり、

「やっぱり、そうなのね」

 とこちらを向き、言った。


 ふたたび動きはじめたその手は、今度は机の中へと向かい、やがて。


「あ」

 と声をあげると共に、可愛らしく包装された小袋を取り出した。中にはメッセージカードが入っていたらしく、きっとそこには誕生日を祝う文言が書かれていたのだろう。優しい顔で、とても嬉しそうに眺める。


 包装を開き、中からシャープペンシルを取り出し、ぼくにも見えるように大切そうに掲げてみせた。


「これ、わたしが可愛いって言ったやつ。お揃いのプレゼントみたい」


 この場に大矢さんがいないのが悔やまれるほどに、それはそれは喜んでいた。ひとしきり喜んで、まるで納得がいったというように、うんうんとうなずき、そっと口にした。


「ふーん、そうだったのね」


 そうとは、どうなのか。


 声には出してないはずだけれど鬼柳ちゃんはこちらを向き、説明をしてくれる。ちいさな探偵はその胸を張り、どこかで聞いた有名なセリフを言ってのけた。


「恵海ちゃんもまた、こちらを見ていたのだ」


 ニーチェか、哲学か。


 事はそんな大層な話ではないけどね。もっともっと単純な話だった。鬼柳ちゃんと大矢さんは尾行と言う名のデートをしていたからね。


 そのついでに、ふたりは店内の商品を物色し、お互いに相手の好む品を見ていた。探偵の格好をしていた大矢さんは、探偵のように鬼柳ちゃんの好みを調査していたわけだ。


 ただ、それだけのお話だった。


 そして鬼柳ちゃんは、

「守屋くんも、ありがとね」

 とも言う。


 おや。


「なんの話だい」


「ん、わざとでしょ?」


 その手の質問はやはりずるい。はて、いったいどれのことやらと、頭を悩まさなくてはいけないからね。曖昧に笑うぼくを眺め、そしてやはりあきれる。今度はすこし、困ったひとを見るかのように笑っていた。


「あのラインのメッセージよ。わざとわたしに見せたのね」


 おっと、その事かと口を開く。


「誤送信を取り消すところを見させるなんて、そんな事できるのかい」


「できるの」

 と言い、シャープペンシルをくるりと回して見つめる。


「言ったでしょ。恵海ちゃんとやり取りしてる時にきたメッセージだから見れたの。もしもふたりがグルだったとしたら、それも可能よね」


 たしかにそのタイミングで、ぼくはメッセージを送った。多少は独断専行なところもあったけどね。あとの電話で大矢さんは困惑してたらしいじゃないか。それでもまあ、グルだと言うのならグルなのだろうね。


 ぼくは大矢さんに相談されていたのだからね。鬼柳ちゃんへの誕生日プレゼントは、なにがいいのかなってさ。自分の目で確かめられるのなら、それがきっと一番だろう。


「つまり」

 と鬼柳ちゃんは指を立てる。


「守屋くんは待ちあわせなんてしてなかったの。わたしと恵海ちゃんがお店に入るように仕組んだのね」


「フフフ、バレちゃあしょうがないね。まったく、その通りだよ」

 と黒幕よろしく、不敵に笑う。


「よかったね、守屋くん」


 はて、予想外の反応だね。


 不審に思ったので訊ねてみる、

「なにがだい?」

 と。


 鬼柳ちゃんは大きなその瞳を、にっこりと柔らかく細めてみせる。


「振られたわけじゃないみたい」


 お互いに笑いあった。言わずもがな、ぼくの笑顔はほんのちょっぴりと苦いけれども、ね。

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