第157話 おめでとう

 キラキラと輝く、その好奇の目に気圧されていると言うのだろうか。ぼくはのけ反りそうになる気持ちを抑えながら、気もそぞろにうそぶいた。


「待ち人は、つねに来ないものさ」


「つらい過去があるの?」

 と大きな瞳はのぞき込んでくる。


 鬼柳ちゃんは眉をハの字にしてそう訊くけれど、その口角はすこし持ちあがっている。まったく、ぼくでなきゃ見逃しちゃうね。力なく、愛想笑いで返しておくことにする。


 なにも答えないのを見て取ったのか。


「なあんだ」

 と言わんばかりに、乗り出していたその身をスッと引いた。


「なんだか不思議なことばかりね」

 と小首をかしげ、指折り数えながら言う。


「守屋くんの待ちあわせ相手は、いったいだれだったのか。悲しくも振られちゃったのか。たまたま来れなかったのか。それでも諦めて引き返したりせずに、ひとりでお店に入っていったのはどうしてなのか」


 きろりと見つめる視線は、意外にも柔らかなものだった。口調にも、どことなく優しさを感じる。


「それもあんな可愛いいお店でね」


 うん、どうも気のせいだったようだね。もしかすると、ただ、ぼくの姿を思い返して笑っていただけかもしれないやね。


 もうひとつ思い出したのか、

「恵海ちゃんもすこし変だったの」

 とつぶやく。


「え、いつもよりもかい?」


 きろりと目を剥く。おっと、今度の視線は柔らかくはなさそうだね。にへらと笑い、ごまかすとしよう。


「もう」

 と憤り、

「でも、やっぱり変だったのよ」

 と再び口にする。


 ぼくは手を差し向けることで、話の先を促す。半眼の眼差しを受けながらも、探偵の話に耳を傾ける。


「格好はね、あんなに気合いが入っていたのに。尾行にはそんなにのめり込んでなかった気がするの」


 まあ、気合は入ってただろうね。あの日の大矢さんは格好だけではなく、名実共に探偵だったはずなのだからさ。わくわくと喜ぶさまが、ありありと目に浮かぶようだよ。


「ただ、おねえさまとのデートに夢中だっただけじゃないのかい?」


「う……。そう、かも、ね」


 どうも、言葉に詰まったようだ。


 なくもない話だからね。大矢さんならどうにもありえそうな話だよ。しかし、鬼柳ちゃんはぼくのミスリードを物ともせず、ブンブンと首を振った。


「ううん。やっぱり恵海ちゃん、すこし変なのよ」


 え、昨日よりもかい。とは、さすがのぼくでも言わなかった。鬼柳ちゃんと目が合ったので、まさか見透かされてないだろうねと身構える。


「今日もそう、恵海ちゃんはこの教室から足が遠のいていた。なのに、どうして今日は待ってたのかな?」


「大矢さんに訊いてみようか」

 とふざけてみると、ハッとした顔つきで鬼柳ちゃんは立ち上がった。


「ブロッコリー!」


「食べたいのかい?」


「四つ葉のクローバーよ」


「食べれたっけ?」


 そうじゃない、とパタパタ足を踏み鳴らしている。


 そして、

「守屋くん、気付いてるよね?」

 と睨まれた。


 ポリポリと頬をかき、

「心理テストだね」

 と言葉にする。


 あの日の唐突な心理テスト。そして、ぼくとしては邪魔をした覚えはないのだけれど、大矢さんはたしかにあの時、ぼくにこう言ったのだ。


『邪魔をしないで欲しい』


 あの時は流してしまった言葉だったけれど、はて、いったいなんの邪魔になるというのだろうか。


 心理テストで遊ぶことの邪魔なのか、それとも──?


 作者の気持ちを考えよ。あの心理テストでは何が分かるというのか。


 大矢さんの気持ちを考えよ。あの心理テストを使って、彼女は何をしようと、いや、何を知ろうとしたのだろうか。


「たぶんだけどね」

 と鬼柳ちゃんは言葉を切る。


 すこし戸惑いの色が見えたのは、心理テストで作者の気持ちを考えてはダメという、自身が放った言葉を思い出したせいかもしれないね。


「あの心理テストで分かるのは、いま欲しがっているもの、ね」


 すこし照れくさそうに、鬼柳ちゃんはボソッとつぶやいた。


「わたし、今日ね。誕生日なの」


「おっと、そうなのかい。お誕生日おめでとうだよ、鬼柳ちゃん」

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