第156話 尾行デート

 日曜日、朝の九時半にわたしと恵海ちゃんは待ち合わせたの。エチュードホームからすこし離れた場所にあるコンビニでね。もちろん、恵海ちゃんにも事情は話していたよ。


「もう守屋さんったら、まったく守屋さんったら、本当に守屋さんですのね」

 って電話口で困惑してたけどね。


 ん、どういう意味かは恵海ちゃんに訊いてよ。


 きっとね、

「尾行するよ」

 って言ったのが、いけなかったんだと思うの。


「お待たせしましたわ」


 そう言って現れた恵海ちゃんは、なんと言うか、そう、あれは探偵の格好だったのかな。


 ニットのセーターは茶色のチェック柄に、すこし大人っぽいキャメルスカート。ディアストーカーを被って。ほら、ホームズが被ってるあの帽子ね。目もとにはサングラス。


「すこし目立つかな、恵海ちゃん」


 苦笑いしちゃった。可愛らしかったけどね。それとさすがにね。サングラスは外してもらったのよ。


 あ、守屋くん笑っちゃダメだよ。恵海ちゃんは真剣だったんだから。


 え、わたし?


 わたしは普通の格好だよ。白のショートパンツに、淡い水色のTシャツだったかな。動きやすい格好にしたの。守屋くんを追えるようにね。


 守屋くんは英字がいっぱいプリントされたシャツに、ベージュのチノパンだったね。野球帽を目深に被ってて、ちょっと怪しかったかな。


 もうすこしオシャレしてあげてもいいのになとは思ったよ。え、あれ勝負服だったの?


 ……その、なんか、ごめんね。


 コホン。


 それでね、お店の開店前にふたりでこっそり入り口を見張ってたの。日曜日だったからか、結構ひとがいたよね。びっくりしちゃったよ。


 でも周りがわたし達と同じくらいの女子ばかりだったから、守屋くんが来たのにはすぐに気付いたよ。


 トボトボと歩いて、キョロキョロとしながら守屋くんは来たよね。そして、ひとりだった。わたしと恵海ちゃんみたいに、お店の前で待ちあわせしたのかなって思ったんだ。


 お店の前には同級生もいたよね。


 知ってる顔もちらほらあったし、守屋くんもだれかを探すみたいに周りを見回していたもんね。どの子が相手なのかなと、みつからないように隠れながら様子を伺ってたの。


「みえませんの」

 と、飛び出しそうになる恵海ちゃんの暴走を止めながらね。


 お店が開いてみんなが中に入ったあと、守屋くんだけぽつんと取り残されていたよね。スマホでなにかをしてから、帽子をさらに深く被り直して店内へと入っていった。


「恵海ちゃん、行くよ」


 あれ、返事がない。


「恵海ちゃん?」


「はいですの」


 わたし達もすぐあとを追ったの。店内は可愛いらしい小物がずらりと並んでいて、それを手に取る女子であふれていた。中には何人か男子もいたけど、みんな付き添いだった。


 守屋くんはちょっと浮いてたね。うーん、待ちあわせはどうなったんだろう。もう中に入ってるのか、それとも相手が遅れてくるのかな。


 すこし店内を見て回るみたいだったから、はち合わせにならないように気をつけながらついて行ったの。


「おねえさま、みて下さいですわ。これ、かわいいですの。ほら」


 何もみないのも目立つからね。わたし達もついでに色々店内を見て回ったの。人気のお店だけあって、本当に可愛いものがいっぱいあった。


「本当、かわいい」


「あ、あれも。いいですわね」


 そうやっていっしょに回ったからね。恵海ちゃんが欲しがってた物はその時、わたしもみてたのよ。


 そのあとも、守屋くんは店内をぶらりと巡っていたけれど、結局だれも現れなかったね。ずっと見てたから間違いはないはずよ。店内でだれかと話してた様子もなかったし。


 そのままお店を出ていって、家まで帰っちゃったよね。守屋くんは、その、……振られちゃったの?


 と、鬼柳ちゃんは語る。


 心配そうな口ぶりでくくられる締めの言葉は、ぼくの身を、心を案じてのものだったのだろうかな。しかしその大きな瞳だけは、じつに素直なようで、キラキラと好奇の目をまるで隠せてはいなかったけどね。


 まったく、困ったものだよ。

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