第155話 取り消したメッセージ

 兎にも角にも、この教室から大矢さんの足が遠のいていた理由が、おぼろげながら分かってきたわけだ。 


 鬼柳ちゃん曰く、

「あれは好き避けに近いと思うの」

 とのことだった。


「なんだい、それ。アクションゲームの新技かい?」


 そう茶化してみたのが間違いだった。大きな瞳を輝かせながら、思いのほか長い講義がはじまってしまったので、それは割愛しておこうか。


 講義が終わり、

「ふう」

 とため息をついた弾みに、少しぼやいてみる。


「でもなあ、あてが外れたね。唐津くんとの事がわかってもさ、今回の事とは関係ないんじゃないかな」


 なにせ知りたいのは、大矢さんがなぜ泣きだしたのかなのだからね。あの時、教室に唐津くんの姿はなかったのだ。もちろん彼のことを話していたわけでもないんだよね。


「あとはなにかあったかな。大矢さんの周りで起きた、変わったこと」


 中空をながめていると、

「わざとなんだよね、守屋くん」

 と小首をかしげられた。


 この手の質問は、正直ずるいと思うんだよね。こちとら、心あたりがありすぎるのだからさ。はて、どのことを言われているのだろうかな。


 曖昧にはにかんでおくと、あきれ半分の声があがった。


「守屋くんが訊いてきたんでしょ。『大矢さんが欲しがってるものを知らないかい』って、忘れたの?」


 ああ、そのことか。


 ほっと息をつき、

「あの時はありがとうね」

 と礼を述べる。


「どういたしまして。それで、あの質問はなんだったの?」


「別にたいしたことじゃないよ。それよりも鬼柳ちゃん、よく大矢さんの欲しいものを知っていたね」


 無理やりに話を反らしてみると、鬼柳ちゃんは口を横に引き結んだものの、やがてその口を開いた。


「恵海ちゃんとデートしたからね」


「デート? やっぱりふたりは、あやしい関係なんだね」


 てっきりまた睨まれるのかと思っていたら、意外にも不敵に微笑む。


「そ、ちょっとあやしいかもね。恵海ちゃんとね、尾行デートしたの」


 どうにも聞き慣れない言葉だね。


 尾行と付くだけで、なんとも不穏な響きをかもし出すものだよ。ならば、ぼくは訝しみながらも、こう訊き返すしかないではないか。


「だれを尾行したんだい?」

 と。


 にっこりと麗らかな笑顔で、悪びれる様子もなく言ってのける。


「もちろん、守屋くんに決まってるじゃないの」


「やっぱり、そうだよね」


 苦い顔を作りながら問いかける。


「なんでまたそんな事を」


「守屋くん、ラインのメッセージ、間違えてわたしに送ったでしょ」


 上目遣いに覗きこむ瞳は、どこか楽しんでいるようにみえた。


「そうだったかな」

 と、しらを切ってみる。


「あわてて取り消してたけど。わたしちょうどそのとき、恵海ちゃんとやり取りしてたから見ちゃったの」


 素知らぬ顔をしていると、その時のメッセージを空で復唱しだした。


「わかったよ。じゃあいっしょに買いに行こうか。明日十時に、『エチュードホーム』で待ちあわせだね」


 ぎゃふん。


 くすっと笑みを含み、鬼柳ちゃんは得意気につづける。


「知ってると思うけど、『エチュードホーム』は女子中学生に人気の小物屋さんです。そんな所に守屋くんは、どんな用があるのでしょう」


 いたずらな笑顔で迫ってくる。


「だれといっしょなのでしょう?」


「だれでしょうね」


 ハハハと、から笑う。

 

「それが気になったから、わたしと恵海ちゃんで尾行デートする事にしたのです」


 可愛らしい笑顔をみせているけれど、とんでもない事を言っているのは自覚しているのだろうか。


 机にひじをつき、手にあごを載せて、その眩しいばかりの笑顔から逃れようと、ぼくはそっぽを向いた。具体的には机に掛かった通学カバンを見るでもなく眺めて、つとめて平静を取り戻そうとしていた。


「ふふっ」

 と聞こえたのは気のせいだったろうか、小さな探偵は調査報告を行うのであった。

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