第154話 有識者は語る
「あれはいったい、どういう心境の変化なんだい?」
鬼柳ちゃんは胸いっぱいに息を吸いこみ、にっこりと微笑む。そして弾むような声でそれを口にした。
「あれはね、アオハルよ」
なんと、アオハルとな。
ぼくはきっと目をパチクリとさせていたことだろうね。そういえばそうだった。すっかり忘れていたよ。
鬼柳ちゃんは、それを
それに関してぼくは正直疎い、と言えるのだろうね。見落としがあってはいけないと思い、その筋の有識者であるところの鬼柳ちゃんに頭を垂れ、ご教授願うのであった。
「それは、大矢さんがおとなしく唐津くんに従うという、摩訶不思議な現象のことを言ってるんだよね?」
ショートボブの髪をさらりと揺らし、有識者は大仰にコクリと頷く。大きく開かれた瞳は、いつにも増してきらめいているように思えた。
あの日、大矢さんはしずしずと唐津くんに従っていたね。鬼柳ちゃんに言われたから渋々というわけでもなく、自ずからそうしていた。それは今までの大矢さんのイメージを覆すものだった。
「たとえ自分に非があったとしてもさ。最後まであきらめず抵抗して、引きずられるようにして去っていくのが大矢さんだったはずだよね」
くすっと笑い、
「そうかもね」
と苦笑いしている。
なればこそ不思議に思えるよ。
そんな大矢さんの身にいったいなにが起こったというのだろうか。まさか更生したとは言わないだろうさ。だって、大矢さんなのだから。
──となれば。
ぶつくさと考え込むぼくに、見兼ねた鬼柳ちゃんが手を差し伸べる。いや、ただアオハルについて語りたかっただけなのかもしれないけど。
「きっと恵海ちゃんは、唐津くんを意識しはじめたのよ」
笑みがこぼれる。その言葉を体現せしめるように、それはそれはまぶしいほどの笑顔をみせた、しかし。
それはそれで納得しかねる。そんな事があるのだろうか、と。曲がりなりにも自らが振った相手である。
「それはつまり、唐津くんを好きになったという事なのかい?」
どうやらちがったみたいで、
「ううん」
と首を横に振られてしまった。
「そこまではね、まだだと思うの。でも唐津くんに告白されて、異性として意識しだしたのはたしかね」
有識者がそこまで言うのだから、きっと間違いはないのだろう。振られてしまったけれど、唐津くんの告白はムダにはならなかったということだろうか。まだ唐津くんは大矢さんのことをあきらめてはいないし。
おやおや、これはもしかして、ひょっとすると、ひょっとするのではないだろうか。
「春だねえ」
冷やかし気味にそう言うと、
「恵海ちゃんはモテるからね」
と返された。
「えええ」
我ながら大きな声がでたものだ。
「守屋くんはまったく、失礼ね」
と睨まれ、
「この間もね、おなじクラスの男の子に告白されたらしいの」
さらに驚かせる。
それはまた何ともまあ、物好きな。
とは言っても、黙ったまま大人しくしてさえいれば可愛らしくも見えるというものだろうか。
たしか唐津くんも大矢さんと同じクラスだったね。きっと彼も耳にしているのだろうな。ざわついた事だろう。心中を察するよ。とても穏やかに過ごせるものではなさそうだ。
でもまあ、それはお互いさまだろうかな。
あの心理テストの日から、唐津くんの送り迎えは再開され、ぼくらの教室にもまたよく顔を出すようになった。大矢さんもきっと、そわそわと落ち着かなかったのだろうね。
「この教室に寄り付かなくなってきた理由は、唐津くんなんだろうね」
「うん、わたしもそう思う」
恥ずかしかったのか、照れくさかったのかは分からないけれど、唐津くんの送り迎えに思うところがあるのだろうね。
そういえばと、鬼柳ちゃんは小首をかしげる。
「唐津くん、何度か、守屋くんに会いにきてたよね?」
「うん、まあ、ちょっとね」
「なんの用だったの?」
「男同士、つもる話もあるものさ」
話の流れが悪かったのだろうか。鬼柳ちゃんはジト目になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます