第151話 待ち人を待つ人

 口もとに手をやり、

「ふむ」

 と探偵ポーズで考えてみる。


 うーむ。決まった、なんてね。


 摩訶不思議な女子のメカニズムはこの際、気にしなくてもいいのだろうね。泣きたいから泣く、そんな時もきっとあるのだろうさ。


 でもそれは今じゃあない。


 ましてや、ぼくの前ですることではないと思うんだよ。おそらくはひとりの時。もしくは心を許す、そのひとの前ですることだろうからね。


「本当に心あたりはないの?」

 とふたたび訊かれ、天を仰ぐ。


 天啓でも降りてこないものかなと思った。しかし残念ながら、天も神も静かなものだったね。今日は留守にしているのかもしれないや。


「どうにも、傷付けるような事をした覚えはないんだけどなあ」


 大矢さんが何を思って、涙を流したのかはわからない。ひとの考えまでを見透かしてしまおうなんてのはね。いくら探偵と言えども、そう簡単にできる事ではないのだからね。


 ただ幸運にも、ぼくたちは考えることができる。彼女がなにを見て、なにを感じたのかを知り、彼女ならなにを想うのだろうか、と想像をすることはできるのさ。


 そこに近付いてみようと彼女を知る努力をすることは、決してムダにはならないと、そう思うんだよね。


 鬼柳ちゃんの大きな瞳を見つめながら、ぼくは言う。


「大矢さんを知る為の物語なんだ。なにを可とするのかを考えるんだ、なにを不可とするか感じ得るんだ、なににカッカするかを鑑みるんだ。これは、そんなぼくらの物語だよ」


「ねえ、守屋くん」


 鬼柳ちゃんは遠慮がちにチラチラとぼくの顔色を窺う。言おうか言うまいか、そんな葛藤をしているように思える。そしてようやく決心がついたのか。ぽつり、とつぶやいた。


「『化物語』でも読んできたの?」


 汗顔の至り。


 こっ恥ずかしい。ムズムズする。冷や汗が出てきた。こっそり真似ているキャラを言い当てられるより恥ずかしい事なんてあるのだろうか。


 心の内を読まれたのか。どうやらひとの考えは、案外かんたんに見透かせるのかもしれないね。いたたまれなくなり、そっと顔を覆った。


 机に掛けてあるカバンの中には、きのう読んでいたその本が入っている。教科書とちいさな小包みの間に挟まっているであろうその本が見つからぬよう、ぼくは願うのだった。


 閑話休題。


「さて。ぼくの方に心あたりはないんだけど、鬼柳ちゃんはどうだい」


「わたしもないよ」

 と小首をかしげながら言うので、

「でも気になることはあったよね」

 そう声をかけると、はたと動きを止めた。


「守屋くんも気付いてたの?」


 おそらく同じことを思い出したのだろうと、すり合わせをしていく。


「先週くらいからよね?」

 

「たぶん、その辺だろうね」


 おそらくは先週くらいだろうか。おや、と思う事があった。それ自体は大したことではないんだけど、それは大いに不自然な事だったのだ。


 大矢さんがぼくらに、もとい、鬼柳ちゃんに会いに来なくなったんだよね。いや、来てはいたけれど、やってくる頻度がすこし落ちていた。


 毎時、毎日、毎度、来ていたひとが来ないのだ。待つつもりもないのに、待ちぼうけを食らわされた気分にもなろうというものだった。


 ぼくでさえそう思ったのだから、鬼柳ちゃんがそのことを気にかけないはずはなかったね。


「大矢さんとケンカでもしたのかい?」


「ううん、してないよ」

 

 フルフルと首を振る。


「まあ、そうだよね」

 

 訊くまでもない事だったか。


 大矢さんは鬼柳ちゃんを慕い、あがめ奉るくらいの懐きようだったからね。『とある探偵』に憧れ、探し求めていた大矢さんは、鬼柳ちゃんの探偵の姿に惚れ込んでいるのだ。


 ちいさな探偵はちろりと見上げ、口にする。


「ケンカするなら、守屋くんの方じゃないの?」


 言われて納得。たしかに、ね。


 ケンカ相手になるのかは別にしても、大矢さんはぼくとよく競おうとしていたね。ぼくがけしかけるせいも、多分にあったのかもしれない。


「でもさ。ぼくとケンカしたくらいで、あの大矢さんがここに来なくなると思うのかい?」


 フルフルと振る首は、さっきよりもいくぶん力強く感じた。そうだよね。大矢さんなら、ぼくを追い出してでもここに来そうな気がするよ。

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