第150話 ぼくらの後輩
大矢恵海。
ぼくらよりも学年がふたつ下の、中学一年生の女の子。背の丈は鬼柳ちゃんよりも大きく、ぼくよりかは小さい。ふたりの中間くらいだね。
女子の平均身長くらいはあるんじゃないかなと思う。ぼくはもうすっかり鬼柳ちゃんを見慣れてしまったせいだろうかな。平均身長をみる目には、あんまり自信がないんだよ。
勘がにぶったか、もうすでに狂ってしまったかもしれないけれど。まあ、そんなに大きくも外れてはないだろうと思うよ。
大矢さんの髪は胸元まである。艶々とした黒い髪はふたつに結ばれ、まだあどけなさを残しているつぶらな瞳も相まって、チャーミングに映え、なかなかに可愛らしい。
物怖じしない、気丈ともとれる、やや攻撃的な性格も、持ち前の愛嬌がカバーしてくれるのだろうね。
ひと言で大矢さんを表すとしたら、どんな子だと言えるだろうか。ネタバレになってしまうけれど、『お嬢様もどき』と言うのがしっくりくるのかも知れないね。
実にゆかいな子だな、と思うよ。
ひとの紹介をするときにネタバレを気にしないといけない子を、ぼくは大矢さん以外に知らないからね。
まるでお嬢様のような口調をしているけれど、その実、どうやらお嬢様ではないみたいだ。ぼくらと同じくして、とても庶民的である。
いや、まてよ。
まだ、没落貴族の可能性は残されているのではないだろうか。そうだよ、ぼくはまだあきらめないぞ。大矢さんならば、まだそんなおもしろ要素を隠し持っていたとしても、なんら不思議だとは思わないからね。
そんな大矢さんのお嬢様言葉にはちょっとした秘密がある。彼女は高笑いをしたいのだ。高笑いを自然にみせるがための、あの口調なのだ。
高笑いを自然にみせるがために、極めて不自然なお嬢様になってしまったんだね。本末転倒な気もするけれど、ゆかいなので問題はないさ。
彼女の素はきっと、ふとした時にこぼれでる、方言なまりの方なんだろうな。ぼくは方言に疎いので、どの辺のなまりかは知らないけどね。
そして大矢さんが高笑いをしたがるのは、『とある探偵』のせいだった。かつて、幼い頃に助けてもらった事があるらしい。そのときの探偵が高らかに笑うひとだったそうだ。
それから探偵に憧れ、そのひとのように高笑うようになり、今のおもしろ大矢さんになったようだね。
そんな大矢さんが涙を流しながら教室を走り去ったのは、ついさきほどの事だった。
おそらく廊下ですれ違ったのだろうか。鬼柳ちゃんは血相を変え、入れ替わりで教室に飛びこんできた。そして教室の中には、ぼくひとりしかいなかったわけで、めでたく容疑者となってしまったんだよね。
ぼくは苦々しい顔しかできない。そんなぼくを見かねて、きろりと睨みつけていた鬼柳ちゃんも、ハアと大きなため息をつく。
「確認なんだけど」
と、ぷりぷりしながらも鬼柳ちゃんは腰を下ろした。
「教室には守屋くんと恵海ちゃんしか、いなかったのね?」
「透明人間でもいないかぎりはね」
きろりと目が光った。そんな風に見えたね。くわばら、くわばら。
「恵海ちゃんと何をしてたの?」
「何と言われてもなあ。普通に話してただけなんだよね」
実際それだけだった。故意にぼくが泣かせたわけではないんだよ。腕を組んで、うーんと唸る。
ぼくといるのが泣くほどイヤだったわけでもあるまい。それに鬼柳ちゃんが所要で出かけていたのを、大矢さんは知っていたんだよね。
「みほ先輩が戻るまで待ちますわ」
とは、彼女自身の言葉だった。
と言うことはだ、つまり。
「鬼柳ちゃんの帰りが遅いから、泣いちゃったんじゃないかな」
「守屋くん、本気で言ってるの?」
しらっとした顔つきで言う。
「んにゃ、全然」
さすがに大矢さんもそこまで子どもではないだろう。ほかの可能性はあっただろうかと頭を悩ます。
「ただなんとなく、泣きたかっただけなんじゃないかな」
無言で見返す鬼柳ちゃんに、
「──はないよね」
と自ら否定し、ハハハと苦笑う。
ところが、半眼のままで、
「なくも、ないけど……」
と歯切れわるく言葉を切る。
そして大きな瞳を大きく開き、
「でも、そんなの納得できないよ」
と口を引き結んだ。
ぼくは驚いていた。
なくもないんだ、と。思春期の女子はとくに理由もなく、泣きたいから泣くことがあるというのかな。
それはまあ、なんとも厄介な。
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