第146話 (守屋)守りたいもの
──♧22
「それがなによ」
眉間に寄ったシワを眺めながら、まだ話を聞く気があるようでよかったと、そう思いながらもつづける。
「職員室前は見晴らしがいいから、テニス部の彼は、古越さんの姿がよく見えたんだろうなと思ってさ」
そんなぼくの言葉は、バッサリと切り捨てられる。
「当たり前でしょ、私が犯人なんだから」
そう、古越さんが犯人だ。それはまちがいない。でも、余りにもそれは犯人らしからぬ行動ではないか。
かるく息を吸い、呼吸を整える。そして、ゆっくりと言葉に変える。
「古越さんからも、テニス部の彼はよく見えたのだろうね」
ボールを探していた彼は二回目の音が聞こえても、まだボールを探していた。例え彼がしゃがんでいたとしても、うっかり見落としてしまうようなサイズでは、もちろんない。
いまから割ろうかという窓ガラス付近に、きっと目撃者になるであろう彼がいるのを知っていながらも、そのままガラスを割ったのだ。
口を横に引き結ぶ彼女に、もうひとつ言葉を投げかける。
「そしてテニス部の彼は、こうも言っていたんだよ。『俺の姿を見て逃げ出した』ってね」
ぼくの言葉を聞き、俯いた。
どこが変なのかとは訊いてこなかった。みなまで言わなくても、もう分かってしまったのだろうね。
テニス部の彼が顔をあげたとき、古越さんのうしろ姿、逃げようとしている姿をみせていたのなら、まだかろうじて納得はできる。
でも実際は、そうではなかった。
彼がいることを知りながら、顔を合わせてから逃げ出したのだ。それはつまり、彼が顔をあげるのを待っていたという事になってしまうね。
おかしいじゃないか。
さっきのブランコと同じはずなんだよ。本来ひとには防衛本能というものが備わっている。なのに古越さんの行動は、犯人としての防衛本能をないがしろにしてしまっている。
「まるで、自分がガラスを割るところを見せつけているみたいだね」
「そんなこと、……ない」
とブランコから跳ねるように立ち上がり、手を胸にあて、ふり返る。
「窓ガラスは、私が割ったんだよ。それでいいじゃない」
あの日の悠斗くんの姿と重なる。何だかんだ言っても、やっぱり兄弟なんだね。どことなく似ているや。なんだかほんわりと暖かい物を感じながらも、ぼくは追い詰めていく。
「うん。ガラスを割ったのはきみだよ、まちがいないね。でも古越さんが割ったガラスは、もうすでに割れていたんじゃないのかい?」
ヒビだったのかもしれない。ちいさな割れ、だったのかもしれない。音は二回、鳴っているのだから。単純に二回、窓を打ったのだろうね。
ぼくをするどく捉えていた瞳は、何度かよこに揺れ、そしてそっぽを向いた。返事は、まあ、なかった。それが答えだろうかね。
悠斗くんが窓を割ろうとするのをみかけた古越さんは、慌ててその場に向かったのだろう。本当は、止めるつもりだったのかもしれないね。
もうすでに遅かったのかどうか、窓は割れてしまった。
そして古越さんは再度、その上からあらためて窓を割り直すことにしたのだろう。窓ガラスの前にテニス部の彼がいるのを確認してからね。
最初から自分が犯人になるつもりで罪を上書きし、悠斗くんの蛮行をなかった事にしてしまったんだね。
それは、弟を、悠斗くんを守るためだったのだろうか。それとも罪ほろぼしなのだろうか。
ぎゅっと固く握りしめられた拳をみながら、ぼくは問いかける。
「やっぱり、お母さんのあの言葉が原因なのかい?」
冷たく言い放たれた、突き放すように言われた、あの言葉。
『お姉ちゃんじゃなくてよかった』
見捨てられたように感じたのだろう。きっとあれからだろうね。悠斗くんが『弟』という言葉を忌み嫌うようになってしまったのは、さ。
ハア、と大きなため息が耳に届いた。古越さんはゆらりとブランコに座り直す。
「そうね、アンタもあの場にいたもんね。……覚えてたか」
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