第145話 (守屋)三年前の忘れ物

──♧21


「なにニヤけてるのさ、守屋」


 敵意むき出しの声が、ハッと我に返らせる。おや、いけないなと、緩んだ口もとをきゅっと引き締めた。


 文化祭のことを思い出している内に、ついつい考えてしまったんだよね。もしあの場に鬼柳ちゃんがいたのならば、どんな解決を見せてくれたのだろうか、とね。


 古越さんはブランコの鎖をぎしりと握りしめ、いかにも不愉快そうに睨めつける。その顔はいつも鬼柳ちゃんがするソレとはちがい、憎々しいまでの冷たさすら感じさせた。


 ずいぶんと嫌われてしまったものだね。こっそり嘆息をつく。ふう。


 いいわけになってしまうのかな。


 あの時のぼくは、黒幕にまだ不慣れだったからさ。それになによりも時間がなかったからね。上手くできたとは、とても言えそうにないや。


 だから、そうだね。古越さんが窓ガラスを割ったことの責任、その一端はぼくにもあったのだと思うよ。


 だれが文化祭の犯人か知っていた古越さんは、その犯人の姿がネコやカマイタチに変わっていくさまを、散々目の辺りにしてきたからね。


 あの文化祭を通じて知ってしまったんだろうね。優等生の彼女は学んでしまったにちがいなかった。


『あり得るかぎりは、信じられない事でも否定されない』のだと。どうにも不慣れな黒幕のおかげで、さ。


 今回のことで、だれしもが考えるのだろうね。


 姉である古越さんが、弟の悠斗くんをかばっているのではないのだろうか。真犯人は悠斗くんではないのか、とね。でもね、だれもその考えを否定できやしなかったはずだよ。


 なぜなら古越さんの手によって、そう見えるように、さもあり得るように、整えられていたのだからね。


 憎悪のこもった瞳を、ぼくは微笑で受け流す。恨みの色が、より濃くみえるのは気のせいだろうかな。


 まったく、そう睨まないで欲しいものだよ。ぼくはこれでも、黒幕として責任を取りに来たのだからさ。


「窓ガラスを割ったのはきみだね」

 と、もういちど言う。


「は、アンタなに言ってんの。私はずっとそう言ってきてるんだけど」


 おや。


「それはまあ、そうだったね」

 

 照れ隠しに頭をポリポリ。


「テニス部の部員がね、ガラスを割った古越さんの姿をみてたんだよ」


「だから?」


 仏頂面のままで、すこしブランコが揺れだした。ぼくもとなりのブランコに腰かけると、一瞥されただけで、なにも言われはしなかった。


「彼はね。二回、ガラスに何かがあたる音を聞いていたよ。そして逃げる古越さんの姿をみていたんだ」


 彼はその時ボールを探していた。当然、視線は下を向いていたはず。ガラスの割れる音がして顔をあげると、古越さんの姿があり、彼の姿を見て、逃げたしたと言っていた。


 つまり。


「彼は、二回目の音のあとに古越さんの姿をみただけなんだよ。一回目の音の時は、おそらく、顔もあげてないんじゃないかな」


「みてないだけでしょ」


 ギーコ、とブランコが揺れる。


「まあ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよね」


 怒りだすのは分かっていたので、そちらを見ないようにつぶやく。


「そこに、悠斗くんがいたとも考えられるよね」


「そんなわけないでしょ。それに」


 言葉は途切れた。


 つづく言葉は、

「わたしが庇うわけないじゃない」  

 なのだろうか。


 ぼく以外には言えたのだろうね、その言葉。


 あの時、ぼくの目の前で悠斗くんは古越さんの身代わりとなった。理由はまあ、姉に責められた罪ほろぼしだったろうか。なんにせよ、悠斗くんは身代わりとなったのだ。


 その時の負い目が彼女にはあるのだろうか。事情を知るぼくの前で嘘をつくことを、ためらったのかもしれなかった。


 古越さんはブランコを止め、代わりだとばかりに、ぼくが漕ぎだす。


 いつ振りだろう。すこしワクワクするよ。すこしだけ漕いでみると思いのほかスイングして、前の鉄柵とぶつかりそうになって怖かった。


 昔は楽しかったのにな。いまは怖い、防衛本能という奴だろうかね。


「ブランコって、思ったよりもあぶないんだね」


 ハハハと笑い、ニコリともしてくれない古越さんに向かって言う。


「職員室前ってさ、見通しが良いんだよね」

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