第144話 (守屋)後の祭りのあと

──♧20


「吾こそは探偵なりけり」

 と、だれも名乗り出てこなかったことに、どうやらぼくは落胆の色を隠せそうもない。困ったものだね。


 でもまあ、もうやり始めたことだったからね。とりあえず最後の仕上げまではやり遂げようかと思い、その時がくるのを、ただじっと待つ。


「ネコのせいなら、な?」

 と、だれかが苦々しい顔をし、

「しかたがないよ、ね?」

 と、お愛想がつく。


 その内だれからともなく、

「文化祭、どうするんだろう」

 という声があがり始めた。


 きっと考えてきたのだろう。その問いは担任が迷うことなく答える。


「残念だけど、不幸な事故だ。うちのクラスは不参加になるだろうな。他のクラスを見学させてもらおう」


 やるせない悔しさを表情作り、担任はクラスの面々に同意を得るために、ぐるりを見回す。しかたないよなと、ちらりほらり、賛同の声があがりはじめる始末だった。


 冗談じゃない。


 こちとら、

「行事ごとには参加しなさい」

 と、母さんに言われているのだ。


 母さんも見にくるはずだし、ぼく自身すくないながらも、時間をかけて絵を描きあげてきたのだから。やってもらわなきゃ困るね。それこそが最後の仕上げになるのだからさ。


 スッと手を上げ、発言する。


「やだなあ、先生。せっかくだし参加しましょうよ。絵ならまだ、そこにあるじゃないですか」


 言ってから棚に近づき、あの絵を取り出す。


 ガバっと掴み、

「ほら」

 と、ヒラヒラ振ってみせる。


 久しぶりに学校に来たときに、担任から絵の置き場を訊いていた無垢な生徒は、クラスの行事参加のためにある提案をしたというわけだね。


 そ知らぬ顔で担任を眺めみる。あくまでなにも知らぬ道化を演じた。


 みんなは言葉に詰まっていたようだったね。賛同の声はあがらなかったよ。ただ同じように、反対の声をだれもあげようとはしなかったね。


 あげようものなら、

「どうして?」

 と返ってくるのは、だれの目にも明らかだったからね。


 まっとうな理由などあるものか。各々の罪を自白する気があるのなら話しは別だけど、自白なんてだれもしやしないさ。罪なんて、だれも認めたがらないものだよ。罪は軽く、犯行は内密に、だね。


 なんだい、つまらないね。と、ぼくは顔を伏せる。


「いいんじゃない、参加しよ。どっちにしろ私は字だしね。もし足りないなら、いまからでも新作書くよ」


 あれ、そういえばひとりだけ賛同してた気がするよ。あれはだれだったかな。んん、忘れてしまったな。


 こうしてぼくらのクラスは、『自由の塔』が崩れた教室に、なぜか、より良く描けている絵を展示することでお茶を濁す運びとなった。


 クラスのみんなは、どんな気持ちだったろうか。


 自分たちが拒絕した、『古越さん指導の絵』を自らの作品として、親や友だちに見られる気分は。


 見ないふりをした担任は、どんな気持ちだったろうか。


 ほかの先生に言われる事だろう。


「作品が壊れたそうで、大変でしたね。文化祭はどうしたんですか」


「絵を展示した」

 と答えるしかないだろう。


 子どものぼくでも気付いたんだ。大人なら、すぐに気付くことだろうね。その絵はどこから、どうしてあるんだという違和感、不自然さに。


 真相にもいずれ触れる事だろう。


 担任は学校を変わるまで、『いじめを見過ごした先生』として、噂されることだろうさ。卒業の時にばらしていくのも良いかもしれないね。


 古越さんの母親は、どんな気持ちだったろうか。


 手ひどくつき放したはずの悠斗くんが犯人ではなく、学校からもお咎めがない事を知った時の気持ちは。


 画して、文化祭は終わりを迎え、だれかを傷つけようとしたひと達がみんな傷つく文化祭となった。ぼくは平等主義者なのかもしれないね。


 ──なんてね。


 ん、ああ、ぼくも傷ついたよ。


 古越さん指導の絵は、どうやら古越さん自身も目にはしたくなかったようで、それ以来ぼくは、手ひどく嫌われてしまう事になるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る