第143話 (守屋)やっぱり探偵は

──♧19


 教室はざわついていた。


 無理もないね。文化祭の当日にみんなの展示物、『自由の塔』は跡形もなく崩れさっていたのだから。


 ひそひそと噂するひと、せっかく作ったのにと涙するひと、だれがやったんだと怒りだすひと。先陣切って激怒しているアイツらこそ、二枚の絵の首謀者じゃないかと思うね。


 だんだんとみんなの噂や注目が、古越さんに集まりだした。当の古越さんは放心状態である。表情は曇ったままで、泣きだしこそしないものの、俯いたままで動こうとしない。


「針のむしろ、だろうかね」

 と思ったところで、担任が教室にやってきた。


 みんなは担任のもとにいっせいに集まり、このクラスの惨状を訴えかけている。 


 担任はため息をつき、

「その事なんだが……」

 と言葉を濁す。


 ぼくはその時、ドキドキとしていた。ひと晩じっくりと考えたんだよね。これがぼくに出来る最善手だと思ったんだ。担任は、はて、ぼくの誘いにのってくるのだろうか。


 予兆はあった。


 教室の棚に二枚目の絵をみつけたときのことだ。あのときイヤな予感がしたんだよね。


 担任はたしかにこう言った、

「後ろの棚にまとめておきなさい」

 と、ね。


 妙なことを口にする、と思った。


 きっと余裕がなかったのだろう。ポロッとこぼれてしまったにちがいない。置いておきなさいではなく、『まとめておきなさい』と言うからには、担任は知っていたのだろう。


 そこにクラスみんなの絵がまとまっていることを。そうでなければ、その言葉は出てこない。


 そして、その絵はただの絵じゃなかった。クラスが一丸となり、古越さんを拒絶する為に用意した絵だ。小学生のぼくでも分かったソレを、担任が理解しない道理はなかった。


 担任は知っていたのだ。みんなが何をしようとしていたのかを。このクラスで何が起きているのかを。知っていて、見ないふりをしていた。


 問題にしたくなかったのか、あと数ヶ月で卒業だから放置したのかは分からないけれど、担任が事なかれとしたのは間違いないだろうね。


 だからこそぼくは担任がのってくると思っている。のってこい、こっちの水は甘いぞ。そう見えるはず。


 困ったように笑いながら、担任はみんなに打ち明けた。


「今日、学校にネコが侵入していたんだ。きっとそいつの仕業だろう」


 のってきた。クラスのみんなが息を呑むのが分かる。きっとみんな、こう言いたいはずだろうね。


「そんなわけない」


「古越さんがやったんだ」


「その理由は、自分たちがやったことが原因なんだ」


 もちろんだれもそんな事は言わなかった。曖昧に頷き、そうなんだあという声もあがっている。

 

 シャーロックホームズは言った、

「ありえない事を省いていって、最後に残った事がどれだけ信じられなくても、それが真実だ」

 と、ね。


 でもそれは、探偵側の言い分なんだよね。じつは黒幕側からも、同じ事は言えるのさ。ただまあ、立場がちがうから、すこし意味はちがってくるけどね。


「あり得るかぎりは、信じられない事でも否定されない。たちまちに嘘は真実となる」


 条件にあえば、それが真実だ。


 古越さんが倒した塔は、破いた絵は、ぶちまけられた水入れの水は、ネコのいたずらと粗相へと変わる。先生方が校内でネコを目撃した今、条件は整い、それは真実となった。


 今になって考えれば、その謎こそがぼくの黒幕としての始まりなんだろうね。始めて作った謎だったよ。


 そしてぼくは探偵になれないし、なりたくもなかった。なにせこれは、ぼくの作った謎なんだからね。だからその時、ほんのすこし期待していたんだよ。この謎を解き明かしてくれる探偵が現れることを、さ。


 でも、探偵は現れなかった。


 担任は事なかれ主義をつらぬき、ネコのせいにしたまま問題を隠し、クラスのみんなは自分たちのしようとした事が露見するのを恐れ、謎を目の当たりにしながらも、ニセモノの犯人を受け入れてしまった。


 古越さんも犯人だと名乗り出ることはなく、悠斗くんは知らぬ間に、犯人の肩代わりから開放された。


 だれもが謎を前にして、沈黙してしまった。ぼくの始めての謎を、だれも解こうとはしなかったんだよ。ぼくは失意を胸につぶやいたかな。


 探偵なんてくだらない、と。

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