第142話 (守屋)黒幕始めました
──♧18
ぼくの葛藤をよそにして、どうやら事情聴取は終わりをむかえたようだった。担任はがっしと腕を組み、ふむと、もの思いに耽っている。ことの
ほどなくして、ガラリと教室のドアは開かれた。
飛び込んできた女性は肩で息をしている。そしてぐるりを見渡し、ぼくの手によって部屋の隅にまとめられた、『自由の塔だった物』をみて言葉を失い、深く深く頭をさげた。
「すみません、先生。うちの子が、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
担任が事情を説明しているあいだにも、古越さんの母親は何度もこまかく頭をさげていた。その度に、悠斗くんも頭をさげさせられていた。
母親の手によって、グイッとね。
ふたりが頭をさげている分、担任のアゴが上を向いていく気がする。注意から始まったはずのソレは、いつのまにか担任が母親を叱りつけるような形になっていた。
母親が叱られるたびに、悠斗くんと古越さんは顔をゆがめ、しゃくり上げる。ちいさな手はぎゅっと握りしめられ、ブルブルと震えていた。
担任が頭を抱え、母親は憔悴しきったところで話はおわったようだ。最後に母親がもういちど深く頭をさげると、担任は目もくれずに早足で教室を出ていってしまった。
スンスンとしゃくり上げる音だけが教室をこだまする。重たい空気がぼくらの肩にのしかかった。母親は大きく深いため息をつき、古越さんの手を取り、教室のドアへ向かう。
ドアに手をかけ、母親は冷たく暗い声をだした。それは特別に大きい声ではなかったけれど、ぼくの耳にもハッキリと聞こえた。短くも、深く、心につき刺さる言葉だった。
母親は、古越さんに向けて言う。
「……お姉ちゃんじゃなくて良かったよ」
しかし、その言葉はまぎれもなく悠斗くんに向けられたものだった。悠斗くんが大声で泣き叫ぶのと同時に、母親はドアを開けて出ていく。
いままでに親子の間でなにがあったのか、ぼくは知らない。けれど、その突き放す言葉はいけないね。
たとえ怒りに身を任せたのだとしても、心のなかで思っていたのだとしても、親だけはその言葉を口にしちゃいけないね、ダメなんだよ。
親だけは子どもを信じて、そして裏切らないでほしい物じゃないか。
もう、せき止める理由をなくしてしまった悠斗くんは、地面にからだを投げ打ち、のたうち回りながらも思いのかぎりに泣きじゃくった。
悠斗くんの心はひどく傷ついたはずだよ。それに、手をひかれながらもふり返った古越さんの目には、涙があふれかえっていたね。
塔を壊した張本人であろう古越さんは、いまの母親の言葉をどんな想いで耳にしたのだろうか。自分をかばい、泣き叫ぶ弟の声をどう受け止めたら良かったというのだろうか。
彼女の心も深く傷ついたはずだ。
古越兄弟の行ないがすべて正しかったとは言わない。足りない部分もあったと思うよ。でも、そこまでされるほどの事をふたりはしたのだろうか。本当に傷つくべきは古越兄弟なんだろうか。
そうは思わなかった。
クラスのみんなの、担任の、母親の顔がちらつく。そして涙をあふれさせた古越さんの、泣きじゃくる悠斗くんの顔を見ていられなかった。
それにこの時のぼくは、ほんのすこしばかり、『裏切り』に対して敏感だったから、ね。
だからぼくは、悠斗くんの泣き声を聞きながらも必死に考えていた。ぼくにできることは、やるべきことはなにかあるのだろうか、と。
──彼が泣き止む、その時まで。
次の日は朝早くに登校した。きっと学校に一番乗りだったろうね。こんな朝早くに学校はあいているのかと、驚いたくらいだったからね。
先生の朝は、思いのほか早いのだなと思い知らされたよ。ぼくは職員室の前にネコを放ち、物かげに隠れながらもその様子をみていた。
ネコに罪をかぶせようと思いついたけれど、ネコに危害は加えてほしくなかったからね。なぜなら、そのネコは無実なのだから、なんてね。
危なくなったら飛び出そうとは思っていた。いくらなんでも、生徒の前でネコを傷つけはしないだろう。
しかし、ぼくの心配もむなしく。野生のネコは機敏な動きをみせ、職員室を荒らしたあと、先生に追われるも悠々と学校を抜け出した。
ホッとしたよ。わるいね、また今度お礼するからさ。
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