第141話 (守屋)それでも探偵

──♧17


 そろそろ泣き止むかという所に、

「もうすぐ親御さんが着くからな」

 担任の発言で元の木阿弥となる。


 わざとやってるんじゃないだろうな、と疑ってしまうところである。いや、まさか、でもひょっとして。


 閑話休題。


 かたくなまでになにも語ろうとはしない古越さんに代わり、スポットライトは幼い悠斗くんに当てられた。


 涙ながらに事情は訊かれ、断片的ではあるけれども、徐々に物語は紡がれていく。などと言ってみたものの、実際はそんなにたいした物語でもなかった。


 要は兄弟げんかの延長、日頃のうらみを姉ちゃんの作品である、『自由の塔』にぶつけたということらしい。古越さんもあれだけ思い入れていたのだから、泣きわめくのも仕方のないことだろうかね。


 完全に帰るタイミングを逃したぼくは、一歩離れた場所で事情を聞きながら、そんな感想をもっていた。


 話の切れ間を狙い、

「先生、この絵はどうすれば?」

 と、コソコソ訊いてみる。


 ぼくの絵をちらりと見やり、担任はよほど余裕がなかったのか、

「後ろの棚にまとめておきなさい」

 と不躾ぶしつけに言う。


 トボトボと棚へ向かい、キョロキョロと担任に言われた場所を探す。正直、イヤな予感がしなかったといえば嘘になる。妙なことを口にするものだな、とも思った。


 目当ての場所をみつけて、ぼくは固まった。その場所には三、四十枚の絵が重ねられていたからだ。ひとクラス分はあるよね、これ……。


 自分の絵を重ねて、上から数枚ほどパラパラとめくってみる。


 驚いた。


 自由の塔に貼られていた絵の内容と比べても、遜色そんしょくはなかった。いや、こちらの方が小綺麗に描けている分、むしろ良いのではないだろうか。


 しかし、この絵はなんだ。なぜ二枚もある。みんなは二枚、同じ絵を描いたのだろうか。そんなばかな。


 テーマを同じくして別のクラスが描いたと言う方が、まだあり得るような気がするね。


 でもここは、間違いなくぼくらの教室で、律儀にもそれらの絵には名前が書かれている。どれも見たことのある名前ばかりだった。


 動転したぼくはふり返り、担任の姿を仰ぎみた。イヤな予感が的中してしまったのだろうか。担任は悠斗くんに事情を訊きながら、古越さんにフォローを加えつつも、その眼はじっとぼくを捉えていた。


 目があった途端に担任は目をそらし、今度はまったくこちらを見ようともしなかった。その表情はどこか焦り、悔いているように感じる。


 もしぼくが人の心を読めたなら、

「しまった」

 という声が聞こえただろうか。


 そっとその絵を戻し、努めてなにも知らない顔をした。ぼくの勘違いかもしれないからね。だって、そんなはずないだろう、そんなはずは。


 それに、ぼくは──。


 ブンブンとかぶりを振る。なにを探偵みたいなことをしているんだ。もうそれは辞めたはずじゃないか。


 それに、そうさ。あの絵だって。


 きっと不測の事態に備えた、予備の絵だったに決まっているよ。始めから一枚をムダにするために、絵を描くわけがないじゃないか。


 それから、そうさ。出来がいい方の絵が使われていないのだって。


 よりテーマに沿った、『今年いちばん楽しい時』がみつかったからに決まっているじゃないか。古越さんのダメ出しでよく描けた絵を、わざと避けたわけではないだろうさ。


 そうさ。塔の完成日に古越さんが立ち会っていないのだって。


 みんなが労ってくれたと言っていたじゃないか。決して古越さんを快く思わないみんなが、残酷にも、リーダー失格の烙印らくいんを押そうと策略をめぐらせたわけではないはずだよ。


 そうさ。悠斗くんが塔を壊すのを黙って眺めていたのだって。


 彼の蛮行を止める術が、なにもなかったからにちがいないよ。悠斗くんが教室に入った時には、塔が崩れ落ちていたなんて事があるもんか。


 ダメだ。


 考えはなおも止まらずに、犯人は古越さんなんだと訴えかけてくる。


 いやだ、探偵なんてするものか。


 ──探偵なんて。

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