第138話 (守屋)嫌われるべきひと
──♧14
公園のブランコにてひとり
涙のひとつも零せば、物語の起点にもなろうというものだ。世界を相手にして戦うには、それは充分すぎるほどの理由になることだろうね。
「……守屋っ。アンタ、よく私の前に出てこれるわね」
ギリッと音がするかと思うほど、苦々しく歯を食いしばる姿からは、どんな物語が始まるのだろうか。
怒ってるな、嫌われたものだね。
ぼくにはもう心に決めた、嫌われるべきひとがいるのにね。ぼくの事を嫌ってくれるのは、松永結愛ひとりで十分に過ぎるというものだよ。
まったく、困ったものだね。
古越さんはセーラー服姿だ。きっといつものように家を出てきたのだろう。生徒会長の交代を目にしたくなかったのか、それとも鱈夢小学校を眺めに、想いを馳せにきたのか。
セーラー服の古越さんは、怒りをあらわにぼくを見つめる。その姿はぼくにあの日の事を思い出させた。
あの日、セーラー服の古越さんは満面の笑顔でぼくを見つめていた。
小学六年生、あの頃のぼくはすこし
まあ、家庭の事情ってやつだね。学校もすこし休みがちだったな。行ったり、行かなかったり。ほとんどの事がどうでもよくなっていたね。
文化祭の前日、ぼくは学校を訪れていた。授業はとうに終わり、放課後も長らく過ぎて、もうすでに夜だったろうか。たしか
「行事ごとには、参加しなさい」
と母さんに言われ、文化祭の絵を持ってきていたんだ。
乗り気ではなかったけれど、父さんに叱ってもらわないとダメだという話になりそうだったので、渋々だったように思う。
父さん、あのひとに怒らせるわけにもいかないからね。向こうもきっと困ってしまうことだろうし。
文化祭では、みんなの絵を持ち寄り何か大きな物を作るというのは聞いていた。絵のテーマは、『今年いちばん楽しかったこと』だったな。
笑えるね。
家で適当に絵を描いて、だれもいないうちに貼り付けてしまおうと、遅い時間にやってきたんだった。
校内に生徒はいたのか、いなかったのか。あまり覚えがないから、ほとんどいなかったんだろうね。
ガランとした校内を進む。
くるくると円を描く螺旋階段を三階まであがり、六年生の教室を目指す。文化祭の準備を終えた教室や廊下は、色とりどりの飾り物で、それはもう華やかに装飾されていた。
自分の教室を通りすぎていたことに気付き、すこし戻ってから教室に入った。机は教室の隅に追いやられていて、どこかソワソワと見慣れない風景の中、教室の中央には大きな、大きな塔がそびえ立っていた。
思っていたよりもずっと大きい。
変な形のその塔は、いったいなにをモチーフに作られていたのか。顔らしき物までついている。その塔にところ狭しと貼り付けられた絵は、それぞれの楽しかったことが伸び伸びと描かれていた。
ひときわ目立つ所に、一枚だけ字が貼り付けてある。なんだあれ、習字なのか。文字は崩れきっていて、何という文字かまでは分からない。
まあ、自由で楽しそうだった。
何でもいいや。さっさと終わらせようと、絵を貼る場所を求め、塔の周りをぐるりと回ってみる。
みっちりと貼られた絵の隙間を探すけれども、どうにもスペースがみつからない。貼れないじゃないか。
だれかの作品に被せれば貼れないこともない。どうしたものか。いっそ貼らずに済まそうかとも思ったけど、文化祭は母さんもやってくる。
貼らないわけにもいかないのだろうね。そう思い、ぼくは職員室へと向かうことにした。担任にどうすればいいか訊こうと考えたんだった。
担任の名前は、はて、なんだったか。田中か、鈴木か。忘れてしまったが、そんな所だったろう。まあ、先生と呼べば問題はないだろうね。
そんな事を考えながら階段を降りていくと、階段の踊り場で古越さんと出くわした。
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