第137話 (鬼柳)お姉ちゃんだから

──♡16


 おそらく黒幕である守屋くんは、ネコに借りを作ってまで、いったいだれを助けようとしたのかな。


 犯人だと名乗りでていた悠斗くんは、ネコにその罪をかばわれた。


 古越さんはネコにかばわれて、悠斗くんに罪をかぶらせずに済んだ。 


 先生はネコを犯人とすることで、生徒を、部外者を疑わずに済んだ。


 古越さんをハメようとしたクラスのみんなは、だれが塔を壊したのか薄々気付いていたのかなとも思う。


 でも先生が、

「犯人はネコだ」

 とみんなに説明してしまった。


 それを否定するためには、自分たちの罪を認めないといけなくなる。でもクラスのみんなは、そうはしなかった。そのネコにすべての罪をなすり付けて、自分たちのやろうとした事をなかった事にしてしまった。


 ひどい話だよ。


「ネコさん、可愛そうですのね」

 

 恵海ちゃんは哀しげな声を出す。思わずクスッとしてしまう。


「そうね。みんなはもっと、そのネコに感謝しないとダメだよね」


 守屋くんのように、ね。こっそりと人知れずネコにエサをあげていた姿を想像して、笑みがこぼれる。


「文化祭の事件はね。きっとそうやって終わりを迎えたんだと思うの」


 当事者のだれもが語ろうとしないはずだよねと、納得する。浅くため息をついた。ふう、と。


 言葉を濁し、うわさだけがひとり歩きしていく内に、その姿はカマイタチへ変わってしまったのだろう。そしてそのことを否定するひとは、だれもいなかったという訳なのね。


 守屋くんが生んだ謎は、謎のままで放置されてしまったんだ。三年越しに解いたよと言ったら、どんな顔をするんだろうか。


 守屋くんは今、何してるのかな。


「おねえさま?」


 恵海ちゃんが心配そうにのぞき込んでいた。おっと、いけない。ぼうっとしていた。ううん、と首を振り、話をつづける。


「そのことで恩を感じていた古越さんは、悠斗くんをかばったのよ。今度は自分が罪をかぶろうと、ね」


「ねえちゃんが、そんなことするわけないだろ。今までだって……」


 声に元気がなくなってしまった。トゲトゲしさはもう感じない。それにほら、ねえちゃんって言ってるなと思い、すこし微笑ましく感じた。


「今回は事情がちがったのかもね。悠斗くん、いろいろと問題を起こしてきたよね?」


「まあ」

 と、ばつが悪そうに答える。


 備品を壊し、何度も先生に注意されている乱暴者だと、恵海ちゃんは言っていた。それらは授業妨害と取られてもおかしくはない行動だね。


「退学、は中学校にはないけれど。出席停止、停学みたいなものはあるのよ」


 悠斗くんの喉がゴクリと鳴った。


「いままでの蛮行と、今回の窓ガラス。出席停止になるかもと、古越さんは考えたんじゃないかな(学内の事は詳しいと言ってたものね)」


「俺をかばった? ねえちゃんが?」


 わたしに訊いてるわけではないと思ったので、黙っておく。悠斗くんが自分で納得しないとダメだよね。


 こうしているのを見ると、弟と呼ばれた時、古越さんと比べられた時を除けば、とくにヤンチャでもなさそうなんだよね。ガラスを割っちゃった理由も、そこにあるのかな。


「認めましたの?」

 と耳元で恵海ちゃんがささやく。


 わたしはシーッと、人差し指を口に当てた。


 気付けば、悠斗くんは無言のままわたしを真っすぐに見つめていた。


「どうしたの?」


「鬼柳さん。あんたは最初からずっと、ねえちゃんが俺をかばってると言ってるけど。それはなんでだ?」


 口に手をやり、うーんと、すこし考える。なんでだろう。


 ぽつりと出た言葉は、

「お姉ちゃんだから?」

 だった。


「なんだよそれ」

 と戸惑いを見せる。


 言語化してよ、鬼柳ちゃん。と笑う誰かさんの声が聞こえた気がした。うるさいなあ、もう。


「いくら弟が生意気でも、やっぱりどこか放っておけないものなの。お姉ちゃんはね、ずっと味方なのよ」


 悠斗くんは眉根を寄せ、

「何でそんなことわかるんだよ」

 と凄む。


 笑って答える。そんなの決まっているじゃないの、と。


「わたしも、お姉ちゃんだもの」


 そう言うと、すこし間を空けてから、悠斗くんは笑いだした。せっかく真面目に答えたのに、ちょっとひどいよ。でもそれは、始めてみせる悠斗くんの笑顔だった。


「認めましたわね!」


 恵海ちゃんが声を張り上げると、

「ああ、認める。認めるよ。窓を割ったのは俺だ」

 と悠斗くんは笑いながら手をひらひらとさせた。


 それはもう、屈託のない笑顔だった──。

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