第136話 (鬼柳)お姉ちゃんの想い

──♡15


「破かれた絵は、貼り付けた絵は、ナイショで描いた絵……ですのね」


 恵海ちゃんはハッと息を呑み、色を失う。そして、しどろもどろになりながらも口にしようとした。


「でもでもそれではまるでクラスのみなさんはみなさんでそんな……」


 眉根を寄せ、その目はまっすぐにわたしの目を覗き込む。古越さんに心を重ねたのかな。その顔は今にも泣き出してしまいそうだ。


 わたしも重くなった息を吐く。


「古越さんのことを持ち上げて、最後の最後にハシゴを外したのね」


 それはどれほど彼女の心を傷付けたのだろう。古越さんにはクラスのみんなが、どう見えたのだろう。守屋くんへのあの態度は、クラスみんなへの感情だったんじゃないかな。


 クラスのみんなが乗り気で参加したとは思わないけれど、扇動する何人かのひとに、際だって反対するひとはきっといなかったのね。おそらく、多くのひとは傍観していた。


 みんな後ろ暗い所があるのだ。だからこそ口ごもり、話したがらず、イヤ〜な思い出となったのだ。


「それがね、クラスみんなの罪よ」 


 くちびるをぎゅっと噛み締め、

「そんな、そんな」

 と恵海ちゃんはくり返す。


 わたしもぎゅっと口を引き結ぶ。


 辛い過去だね。このまま黙ってしまいそうになる。でもつづけよう。悠斗くんには伝えないといけない。


 小さくのどを鳴らし、口を開く。


「塔を壊したのは古越さん、ね」


 塔に貼られた絵の違いに気付くひと。

 それをヨシとはしないひと。

 破壊したくなるほどの衝動に駆られるひと。


 古越さんしかいないものね。


 悠斗くんの視線はわたしを捉え、そのまま地に伏してしまう。


「悠斗くんも、その場にいたのね」


 大きく目を見開いたままで、身じろぎしなかった。


「そう……、なんですの?」

 と恐る恐る恵海ちゃんが尋ねる。


 それには答えず悠斗くんは訊く。


「なんでそう思う?」


「女の勘よ」

 

「なんだそれ」


 そう答えるしかなかった。想像でしかないもの。強いて理由をあげるなら、古越さんが何をされたかを言わなかったから、かな。


 古越さんにも後ろ暗い所があるのだろう。それは、きっと、たぶん。


「古越さんは悠斗くんを責めたんじゃない?」


 ハハと悠斗くんは笑った。口だけを無理やり動かした作り笑いだ。


「まるで見てきたみたいだな」


「ちがうの?」


 わたしと恵海ちゃんの視線は悠斗くんに注がれる。


 チッと舌打ちが聞こえ、

「そうだよ」

 と、だけ答えた。


「おねえさま、どうしてそう思いましたの?」 


 しっくりと来たから、じゃあやっぱりダメかな。うーん、と考える。


「えっとね。悠斗くんのヤンチャで目を付けられたのも、原因の一端よね。そして古越さんは傷付いてた。こんな事されたのはあんたのせいよって八つ当たりしても、不思議じゃないと思わない?」


 恵海ちゃんは悲しそうに頷いた。


 悠斗くんの姉への反発も、それが切っ掛けかだったのかもしれない。


 それにね。たとえ詳しくは知らなくても、そうでもない限りは悠斗くんが事情を知ってるはずがないと思うの。古越さんにとっても、これは話したいことではないものね。


 ぽつりと小さく、

「……そうだったのか」

 と聞こえた。


 生徒会室をのぞき、逃げ出した彼の姿を思い出す。なにをしに来たのかと思っていたけれど。なんてことはない、心配して見にきたんだね。


 悠斗くんは、いまでもお姉ちゃん思いなのだろう。だからわたしは自信を持って言った。


「塔を壊した罪を被ったのね?」


 責められたことで、責任を感じたのかもしれない。先生に見つかったのか、生徒に見つかったのか、それとも自首したのかは分からないけれど、きっと姉をかばったのだろう。


 そしてその時、古越さんは恩を感じずにはいられなかったはずよ。


 悠斗くんはわたしと視線を交わして、ハアと大きく息を吐き、

「そのつもりだった」

 と頭を掻きながら白状した。


「つもりってなんですの?」

 と言う恵海ちゃんに、招き猫のように手を招いてみせる。


 恵海ちゃんは、あ、と口に手をやり、

「ネコさんのせいになっていたのですわね」

 と驚いた。

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