第135話 (鬼柳)その絵はナイショ

──♡14


 恵海ちゃんは目を点にして固まってしまった。考え中なの、かな?


「それは」

 と言っては右に傾き、

「変ですわね」

 と言っては左に返ってきた。


 そう、変なのだ。


 塔が壊されたのは文化祭の前日、もしくは当日。生徒が集まり、その事態に気付くのは、どうしても文化祭当日になっちゃうのよね。


 やぶれた絵を展示できるはずもないし、新しく絵を準備しようにも、時間が足りないはずなのだ。それなのになぜか、絵は展示されていて、どうにかお茶を濁せたみたい。


 その絵は、さあ、いったいどこから出てきたのかな。もう答えはひとつしかないよね。


「絵はね、もう一種類あったのよ」


「予備、ですの?」


 まさか、と言いかけたら、

「予備なんてあるわけねえだろ」

 と悠斗くんが代わりに答えた。


 視線はどこか横っちょを向いている。彼はぶっきらぼうにそう答え、こちらを見ようとはしなかった。


 そんな彼にズイッと詰め寄り、

「どうしてですのよ」

 と恵海ちゃんは食ってかかる。


 わたしはその背に、

「まぁまぁ」

 と声を掛け、

「多いからよね」

 そう言うと、恵海ちゃんはくるりと向き直った。


 頬はプクーと膨らんでいる。


「数枚くらいは予備があってもね。クラスみんなの分を用意できるのは、どうにも不自然だと思うの」


 一枚、二枚の展示じゃないはず。それだと侘びしすぎて、とてもお茶は濁せないもの。展示するには、それなりの枚数が必要になってくる。


 それにわたしの想像通りだとすると、教室にはクラスみんなの絵が飾られたと思うの。ううん。ひとりを除いた、クラスみんなの絵が、ね。


「それでもね、そこに絵はあったのよ。つまり、みんなは最初から絵を『二枚』描いてたんじゃないかな」


「どうしてそんな事をしたんですの?」


 ゴクリとつばを飲む。開く口がずいぶんと重たい。胸がモヤモヤとしてくる。わたしは、ぽつりと溢すようにつぶやいた。


「古越さんはね、その塔を作るリーダーに選ばれたそうなの」


 瞬間、悠斗くんと目があう。が、すぐにフイと逸らされてしまう。


「先生は物ぐさなひとみたいでね、古越さんにぜんぶ任せたのよ」


 恵海ちゃんは、うんうんと相槌を打つ。


「いまも生徒会長ですものね。責任感がありそうですわ」


 わたしは苦々しく口だけで笑みを作り、話をつづける。


「古越さんにとっても初めてのリーダーだったみたいでね。真面目な彼女はがんばって──」


 ひと呼吸。


「──その、はりきり過ぎちゃったのね」


 華ちゃんは絵にダメ出しされたと言っていた。それは華ちゃんにだけなのかな。ううん、きっとクラスのみんなにもだね。


 そして華ちゃんは明るく笑い飛ばしていたけれど、他のひとは古越さんをどう思ったのかな。


 たぶん、きっと。


うとましく取られたんだと思うの」


 出る杭は打たれる。


 おとなしいと思っていた子にあれこれと指摘され、反感を買ったんじゃないかな。真面目に取り組むことはきっと正しいけれど、正しいことが好かれるとも限らないものね。


 それに、悠斗くんのこともある。


「悠斗くん」

 と名前を呼ぶと、ようやくこちらを見てくれた。


「小学校でもヤンチャしてなかった?」


 無言の肯定。顔は逸らされたけれど、否定はしなかった。中学校に入ってまだ日も浅いのに、恵海ちゃんが乱暴者だと騒ぎ立てているもの。


 実際の行動もあると思うけど、小学校からの同級生による印象、うわさ話も大きかったんじゃないかな。


 古越さんも言っていたものね。弟は乱暴者で迷惑をかけられた、と。いま新一年生の弟に、迷惑をかけられたというのなら、おそらくは小学校のころの話よね。


「おとなしかった古越さんは、ヤンチャな弟のお姉ちゃんとして、日ごろから目をつけられていたのね」


 ふん、と悠斗くんは鼻を鳴らし、恵海ちゃんはそんな彼をちろりと見やった。


「そんなことが重なって、クラスのみんなは最悪の形で反旗はんきひるがえしたのよ。……あとから展示された絵は、古越さんの指揮のもとに描かれた、本来は塔に貼られるはずだった絵でしょうね」


 壊れた塔をみて泣く子を、怒る子を、

「何いってんだか」

 と揶揄やゆした華ちゃんの姿を思い返す。


「破かれた絵はね。古越さんを傷付けるために、古越さんにはナイショで描かれていた。二枚目の絵の方だったのよ」

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